「自分の仕事は必要」 手すり握った母子を見て駅の清掃員は気づいた

川口敦子
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 地下36・6メートルへとつながるエスカレーターの手すりに、水でぬらした雑巾をぐっと押し当てる。都営地下鉄大江戸線新宿駅六本木東中野などに続いて都内5番目に深いこの駅で、清掃を請け負う一般財団法人「東京都営交通協力会」のスタッフ桜井政介(まさゆき)さん(47)は、日中の約7時間、業務にあたる。

 券売機やエレベーターのボタンといった利用者が触れる箇所は、次亜塩素酸ナトリウム溶液に浸した雑巾で拭いた後、別の雑巾でから拭きする。以前は水拭きだったが、新型コロナの拡大を受けて、「二度拭きによる消毒」が導入された。から拭きは、肌が敏感な利用者への配慮。他にも5種類の洗剤を使い分け、あらゆる場所の汚れを落とす。

 緊急事態宣言が初めて出された昨年4月、1日あたり約14万人が利用していたこの駅は、もぬけの殻になった。「普段はできないところも磨き上げよう」。雑巾以外にも、掃除機を背負って通路を磨いたり、雨でぬれた階段をモップで拭いたり。最深部のホームから地上出口までを行き来し、桜井さんの歩数計は多い日で、1万5千歩を数える。

 駅の活気が消えたからこそ、気づけたこともあった。「いま拭いてくれたから大丈夫。しっかりつかまってね」。母親に促されたまだ歩幅の小さい子どもが、階段の手すりをそっと握り、ニコッと笑った。「自分の仕事は必要とされている」。利用者一人ひとりの何げない言動が、胸にしみた。

 駅の利用者は1日あたり約9万人まで回復した。数分おきに電車が発着するたび、ホームは人であふれ、エスカレーターに列ができる。「通行を妨げないように。どのタイミングで何をするかは手探りです」。都営地下鉄の駅数は100余り。計420人の清掃員は今日も、それぞれの駅で磨き続けている。(川口敦子)

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