欠かせぬ透明性、住民意思確認も必要 LRT巡り識者は
【栃木】国内初の全線新設となるLRT(次世代型路面電車)事業が揺れている。今年1月、事業費の大幅な増額と1年の開業延期が明らかになった。約2年前から増額の試算をしていた事実が表面化したが、争点となった昨秋の宇都宮市長選前に、増額が説明されることは一切なかった。局面の急変をどう捉え、何を読み取ればいいのか。識者に尋ねた。
宇都宮市が1月に出した「広報うつのみや」は、全57ページのうちLRT関連記事が11ページを占めました。しかし、200億円近い増額公表後の2月号は、LRT記事がたったの1ページなんです。しかも「LRTの乗り方」。開業もしていない段階で必要な情報ですか、と首をかしげたくなります。
3月号も2ページに過ぎません。大幅な増額や1年の開業遅れは、わずか1ページで簡単に説明しているだけです。今回の増額は災害などのやむを得ない事情によるものではなく、10億や20億程度の見込み違いでもないんですよ。いま必要なことは、もっと懇切丁寧な説明であるはずなのに、これでいいのでしょうか。
行政には都合の悪い情報を隠す体質があります。今回はそれが露骨に出たという印象を受けます。市の広報や説明のあり方の他にも、LRTについて、どう考え、評価するべきかという視点があります。
一番大きいのは経済的負担の問題でしょう。たった約15キロの区間なのに、しっかりとした地盤調査が実施されていないのでは、という疑問が浮上しました。弁解の余地がないずさんな計画だということが明らかになりました。さらに工事が進み、別の場所でも軟弱地盤が分かれば、さらに大幅な増額が必要になる心配も出てきました。
東北新幹線や東北自動車道の建設では、かなり慎重な地盤調査が実施されました。LRTでの調査や対策の不明確さが浮き彫りになったことは、JR宇都宮駅西側に延伸した場合を考えると深刻ですよ。大谷石の採掘跡がかなり広範囲に広がっていることを念頭に置かなければなりません。
用地買収の問題も考える必要があります。市は強制収用も視野に入れていると聞いたことがありますが、それを可能とする公共性や公益性がLRTにあるのでしょうか。
そして収益事業になるかどうか、という視点も欠かせません。市は何年かで黒字に転化するという主張を変えていないようですが、200億円近い増額になり、LRT事業を収益で支えられない場合は、税金が投入されることも忘れてはならないでしょう。
そもそもLRTの利便性や安全性について明確な根拠がありますか。LRTが開通したために不便になる人はいませんか。市民一人一人の事例をきちんと説明できなければ、利便性向上とは言えないはずです。
こうしてLRTの様々な視点を考え、分析していくと、すべてマイナスなんです。少なくとも推進側は、これをプラスに変える努力をする必要がある。そのためには徹底的に議論をし直すことが求められます。その前提となるのが分かりやすい市民への説明です。仲間内の議論ではなくオープンな議論です。
国でも地方自治体でも、政策を進めるのに重要なのは透明性と客観性、中立性です。それを確保する方法は住民投票です。極めて簡単です。市長選の後に200億円近い増額を公表したのですから、改めて住民の意思を確認する必要があるのではないですか。
その前提となる手続きは時間を十分かけた公開討論会や説明会です。一国の首相の声が聞こえてこないから政策に説得力がないのと同様に、市長が説明会や討論会に出席し、自ら説明してもらいたいですね。
すぎはら・ひろのぶ 1945年生まれ。宇都宮大国際学部教授などを歴任。専門は行政法。著書に「公法の基本問題」など。矢板、鹿沼市の情報公開・個人情報保護審査会長を務めている。