おれんじ鉄道全線復旧 鹿児島

城戸康秀
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 熊本県八代市薩摩川内市を結ぶ肥薩おれんじ鉄道が1日、全線での運転を再開した。7月の豪雨で被災し、不通が続いていた八代―佐敷(同県芦北町)間が約4カ月ぶりに復旧した。生活の足や沿線の魅力を発信する存在として、地域と支え合う鉄路が輝きを取り戻そうとしている。(城戸康秀)

 1日、全線再開を祝って観光列車の「おれんじ食堂」が八代駅を出発。午後1時過ぎに出水駅(出水市)を出ると、田園地域に入った。車内アナウンスに促され、車窓から線路脇を見下ろすと、オレンジ色のぽんぽんを両手で振る女の子の姿が。列車がスピードを落としてホーンを鳴らすと、その先には「祝全線開通」の文字が躍る横断幕を抱えた大人たちが現れた。

 乗り鉄でも撮り鉄でもない、この列車を歓迎する「振り鉄」。近くに住む会社員佐藤恵さん(46)が娘の友姫乃さん(9)らとともに、「子どもたちと楽しめるおもてなしを」と2018年2月から日曜日に続けているが、喜ばせているのは乗客だけではない。

 コロナ禍に見舞われた今春、おれんじ食堂はキャンセルが相次ぎ、4月から運休。そのまま車両検査に入った。7月初旬には豪雨が熊本県南部を襲い、八代―水俣間は不通が続いた。

 おれんじ食堂は7月末、出水―川内間だけで再開したが、その1番列車は予約のキャンセルが出て、乗客なしで走った。その後の予約も少なく、見通しは決して明るくはなかった。

 その2日後の日曜日。重い気持ちを抱えながら車内で働くクルーたちの目に、佐藤さんたちの姿が飛び込んできた。「おかえりなさい」と記された横断幕を広げてくれていた。

 車内アナウンスのため急いでマイクを手にしながら、クルーの尾野島優咲さん(28)は涙があふれてきたといい、「(その姿は)私たちの大きな励みになっています」。SNSを通じ、尾野島さんと佐藤さんは連絡を取っているが、直接会ったことはない。佐藤さんはクルーたちとの関係について、「窓越しに『ありがとう』『どういたしまして』と会話が成り立っている感じ」と話す。

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 おれんじ食堂の不振は夏場まで続いたが、9月下旬ごろから国の観光支援策「Go To トラベル」の利用で乗客が増え始めた。その変化は、線路脇で手を振る佐藤さんにも分かった。一時は「お客さん、いたの?」と感じる日が多かったが、今月1日の全線復旧の便は「全部の窓から手を振り返してくれているみたいだった」という。

 同鉄道営業部によると、新型コロナウイルス対策のため、定員は2両で計24人と、従来の半分に抑えている。それでも団体予約が相次ぎ、10月は計14日の運行日の乗客数が平均で約25人に達するなど、好調だったという。

 おれんじ食堂の秋冬期(9月~3月)は3プランあり、大人の通常価格は「モーニング」4千円、最も高額な「スペシャルランチ」2万1千円、東シナ海の夕景を楽しむ「サンセット」9千円と、富裕層向けの価格設定になっている。

 そのハードルが「Go To」で下がり、鹿児島、熊本両県を中心に「いつかは乗ってみたい」と思っていた人たちの申し込みが増えつつあるという。そんな近場の需要を掘り起こそうと、今月から全線復旧に合わせた割安プランを設定。スペシャルランチなら、観光施設利用と川内―八代の戻りの運賃を含めて1万5千円に抑えるようにした。

 「沿線の方々に良さを知ってもらえば、里帰りの親族や都市圏から訪ねてくる友人・知人に紹介してもらえる可能性も出てくる」と同営業部は期待する。

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 全線復旧の前日、同鉄道は動画サイトで2本の映像を公開した。八代―佐敷間を走る試験車両から固定カメラで撮影した「前面展望」。上りが約35分、下りが約30分ある。画面には、通過する駅名がテロップで表示されるだけで、線路が足元に消えていく様子が淡々と流れる。

 八代駅を出てしばらくは、試験車両などで磨かれて輝くレールが延びているが、南下するにつれ、新しい敷石にレールが茶色に浮き立つように見える部分が増える。佐敷トンネルの中で減速して外に出ると、草木のないむき出しの斜面が現れる。沿線で、7月の豪雨被害が最も深刻だった場所。数百メートルにわたって崩れた土砂が線路を埋め、その深さは最大約7メートルに達したという

 被災直後、現場の写真を見た出田貴康社長は言葉を失い、復旧の見通しなど立たなかったと振り返る。それでも、同鉄道のフェイスブック担当の運転士はこう投稿した。「おれ鉄区間は国鉄時代から長年にわたり幾度となく大災害に見舞われ、その度に復活して立ち上がりました。これからも同じです! 負けてたまるか!」

 それから4カ月。全線復旧を祝う式典で出田社長は通勤・通学客らが乗り合う普通列車の車内を「乗客同士の互いを思いやる心で成立する公共空間」と表現。車内で知人と語らい、見知らぬ人との縁が生まれることもある。そんな「日常」を取り戻せたことを喜んだ。

 記念列車のおれんじ食堂に地元の高校生らと佐敷駅から八代駅まで乗り、被災現場も一緒に見た出田社長は「鉄道会社は、互いに支え合って地域とともに歩む存在。復興も一緒に進める姿勢で取り組んでいきたい」と力を込めた。

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