【汐留鉄道倶楽部】１月下旬、東京から新幹線に乗り、名鉄瀬戸線の終点、尾張瀬戸を訪れた。名古屋市の大学での講演会に参加するため出かけたのだが、急きょ講演会が中止となり、することがなくなってしまったので、久しぶりに瀬戸に行くことを思い立ったのだ。
瀬戸線にはさまざまな思い出がある。共同通信に入った１９８９（平成元）年、名古屋支社に配属され会社から紹介されたのが、当時瀬戸線の喜多山駅（同市守山区）から徒歩で１０分ほどにあった社員寮で、喜多山から瀬戸線で通勤していた。さらに、名古屋の経済部では窯業（陶磁器やファインセラミックス業界）を担当していたので、瀬戸市や岐阜県瑞浪市などの陶磁器メーカーに通って、業界のさまざまな話題を記事にしていた。
さて、名古屋到着後は在来線ホームで名物のきしめんを食べ、中央線を大曽根で瀬戸線に乗り換え、３０分ほどで終点の尾張瀬戸に到着。駅から徒歩で５分ほどにある、「瀬戸蔵ミュージアム」をまず訪れた。２階に上がると目に入るのが、かつて瀬戸線を走っていた旧型電車「名鉄モ７５４型」だ。
ミュージアムの資料によれば、瀬戸線は１９０５（明治３８）年開業、１９０７年には電化され「せとでん」の愛称で呼ばれるようになった。モ７５４は１９２８（昭和３）年に製造され、１９６５年から１９７８年の瀬戸線栄町乗り入れ直前まで主力として走っていた。昭和初期の電車によくある、内部が木製の半鋼製電車で、車内は温かみのある白熱灯が木の床や濃紺のシートを照らし、簡単な機器が並ぶだけの運転台や、握り手が丸くベルト部分の長いつり革など、レトロ感にあふれている。
この車両は１９７８年まで瀬戸線で使われたとあるが、この電車が走っていたころ、瀬戸線は名古屋城のお堀の中を走る「お堀電車」として知られ、終点は現在の栄町ではなく堀川だった。堀川駅の近くには江戸時代に開削された堀川運河が流れており、瀬戸線の前身、瀬戸電気鉄道も瀬戸で作られた陶磁器を、堀川運河を介して名古屋港に運ぶなど、貨物輸送が大きな比率を占めていた。この電車が窯業など瀬戸の歴史や産業を紹介するこのミュージアムに置かれているのもそのためだ。ちなみにお堀電車時代の瀬戸線を、当時、マニアの方が撮影した８ミリフィルムの映像が、最近ユーチューブなどに多く上がっている。
瀬戸線は１９７８年、栄町への路線変更と前後して、架線の電圧を６００ボルトから１５００ボルトに昇圧したことで、旧型のモ７５４は６００ボルトが残る岐阜県内の同じ名鉄の揖斐線や谷汲線へと移っていった。だが両線も２００５年（平成１７年）までに廃止され、役割を終えたこのレトロ電車は瀬戸市に譲渡され、当時と同じ緑色の塗装や手動扉、車内の白熱灯などが復元されたという。
ミュージアムでは１９２５（大正１４）年に建てられ、２００１年まで使われていた旧尾張瀬戸駅の駅舎も復元されている。駅舎内には、「堀川」と行き先表示のある改札口や、電車の前面に掲げられ「瀬戸⇔大曽根」と書かれた、使い込まれた表示板なども展示されている。
１００年を超える歴史を持つ瀬戸線だが、自分が乗っていた時期と比べても、変化を感じる。当時は東大手から森下までの区間は高架でなく地上を走っていたし、喜多山には戦後まもなく建てられた木造の検車区があった。また、今では大手私鉄ではほぼなくなった電鐘式踏切があり、電車が来ると「チンチンチン」とのどかな警告音を鳴らしていた。
さらに、電車の走行音もにぎやかだった。というのも瀬戸線は新型電車を一から作るのではなく、旧型電車の台車を再利用した６７５０系などの電車が走っていたからだ。車体はクーラーなども取り付けられた新型だが、足回りは旧型電車で使われた「釣りかけ式駆動」で、あの独特のモーターのうなり音を響かせながら走っていた。名古屋に来た当時、東京の鉄道には感じられないローカル線の雰囲気を感じたのも、そういった「せとでん」の面影が多く残っていたからだろう。
だが、その後東大手―森下間も高架化し、さらに喜多山駅周辺も近年高架化が進み、検車区も姿を消した。電車もステンレス車体の４０００系にすべて置き換わったが、以前のようなのどかな味わいが失われたと感じるのは自分だけだろうか。
瀬戸蔵ミュージアムでは、「せとでん」の展示だけでなく、古代からの瀬戸の陶磁器の歴史を豊富な資料や発掘物により紹介している。ミュージアムを出て近くの商店街に入ると、「藤井聡太くん 応援しています」と郷土出身のプロ棋士を応援する垂れ幕が掲げられていた。駅近くの老舗陶磁器店で、地元で作られた織部焼のマグカップとぐい飲みを買って、帰りの電車に乗り、４０分ほどで栄町に到着した。今回はあわただしい旅だったが、時間があれば秋にまた瀬戸線に乗り「せともの祭」を訪れ、じっくりと気に入った焼き物を探してみたい。
☆共同通信・古畑康雄
