「止まったまま」の父 息子を失い18年 今も浮かぶ「ブレザー姿」

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市原研吾 三浦淳
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 携帯電話が鳴る。

 「和樹」

 妻からの着信で画面に表示されるのは、18年前、JR宝塚線(福知山線)脱線事故で亡くなった次男の名前だ。

 事故後、妻は次男の携帯電話番号を引き継いだ。そして自分も、今も登録の名前を変えないままでいる。

 兵庫県宝塚市の福田博文さん(67)は、当時18歳だった和樹さんを失った。

 事故は、職場のテレビで知った。

 和樹さんは龍谷大理工学部に入学したばかり。通学に宝塚線を使っていたのは知っていたが、詳しい時間帯までは聞いていなかった。

 念のため鳴らした携帯電話は、いつになっても折り返しがなかった。

乗客106人と運転士が死亡し、乗客562人が重軽傷を負ったJR宝塚線(福知山線)脱線事故から25日で18年になります。事故で18歳だった息子を亡くした父親は、我が子が生きた年月とほぼ同じ時間を過ごしてきました。事故後の18年について思いを聞きました。

 事故に巻き込まれたことなど想像できなかった。警察からも大学からも連絡はなかった。

 博文さんによると「とりあえず」という気持ちだったという。夜、事故で亡くなった人の遺体が安置されている兵庫県尼崎市の体育館に向かった。

 入ってすぐ目に飛び込んでき…

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    岩尾真宏
    (朝日新聞名古屋報道センター次長)
    2023年4月24日21時8分 投稿
    【視点】

    18年前のあの日、「尼崎で脱線事故があったみたいだ」という先輩からの電話を受け、発生から1時間ほどしか経っていない事故現場に着きました。まだ死傷者の生々しい状況が残っていましたが、地上をいくら歩いても脱線した列車の全体像が分からず、空撮の映

    …続きを読む