皆さんこんにちは。
大阪駅に戻りました。
9時10分発特急スーパー雷鳥3号和倉温泉行+特急スーパー雷鳥・宇奈月 富山地方鉄道直通 宇奈月温泉行です。 国鉄時代の 急行立山号から 受け継いで 富山地方鉄道への直通運転を実施していました。 ちなみに 立山方面にも スーパー雷鳥1号の付属編成が直通していました。
そして その4分後。
臨時特急雷鳥83号 富山行が発車しました。 6番線と7番線の間の中線に止まっていた編成です。
この 83号は、臨時特急ながら 停車駅が 新大阪 京都 敦賀 福井 金沢 高岡
という 速達タイプで先行する スーパー雷鳥3号とほぼ同じ所要時間で走っていました。
寝台特急 なは 新大阪行です。「なは」 のこのヘッドマークもいいですよね。583系電車時代からの 南国ムードたっぷりのヘッドマークです。 この頃は、新大阪ー西鹿児島間の単独運転でした。
これを撮影した 1ヶ月前の7月から連結された B1個室寝台車ソロ スハネ25-2000番台車です。 その前は、普通座席指定席車のレガードシートですね。
ナインドリーム甲子園号の583系が 回送で甲子園口から戻ってきました。 このあと向日町まで回送されました。
特急雷鳥17号金沢行です。300番台のスマートなスタイル。 ボンネット型もいいですが、こちらも 国鉄特急型電車の正統派だと思います。
臨時急行但馬81号 浜坂行です。急行但馬号は 播但線経由で 大阪と山陰地方を結んだ列車でした。 この時期の定期但馬号は 姫路始発で2往復運転されていました。 しかし お盆期間に 特急はまかぜ号を補完する目的で 2往復 臨時が運転されていました。 定期列車は全席自由でしたが、 この臨時の但馬には一部指定席も設けられていました。
SLほどでは無いですが、 排気煙を豪快に吹き上げて 発車しました。
国鉄急行型気動車キハ58系。 この頃になると かなりくたびれて 車内は 残念な感じでしたが、1980年代 山陰 四国 九州では かなりお世話になりました。 特に 四国の予讃線 急行いよ 宇和島で 平坦線区を全速力で走っている時の 豪快なエンジン音と ジョイントの継ぎ目でのドスンドスンと感じた 乗り心地は忘れられません。
221系の大和路快速と117系の快速篠山口行です。 当時は丹波路快速という愛称はありませんでした。
特急北近畿4号 大阪止りです。 皆さんご存知かと思いますが、現在の特急こうのとり号です。 この時期は 新大阪まで行く列車と 大阪止まりと 半々ぐらい存在しました。 窓下に細い赤線があるのは、 485系から改造された 183系800番台車です。
特急白鳥 青森行が入線して来ました。 JR東日本 上沼垂色の485系で走っていた時代です。
北海道帰りのクハ481ー1500番台。おでこのヘッドライトが2灯なのが目印です。 前後で最新型と初期型二つの先頭車が望めました。
10番線に14系の座席車が入線しました。 文字通りの団体臨時列車みたいでした。 14系特急型客車。私は 特急列車で活躍していた姿はほとんど知らず、 夜行急行の雲仙西海 か くにさき阿蘇で九州方面にワイド周遊券で何回かお世話になっていたので 急行用のイメージが強くありました。 また、夜行列車だったため その時の写真は 全く撮っていませんでした お世話になっておきながら全く写真がないという 申し訳ないことをした感じです。
余談ですが 先日引退した サロンカーなにわの元の姿がこれです。
御覧頂きましてありがとうございました。