さよなら新京成電鉄・京成松戸線へ!78年の追憶の記録④ | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

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さよなら新京成シリーズ


2月21日金曜日の続き。

前日はただひたすらに全区間を乗っているばかりだったから、駅で撮ろうと途中下車してみた。

その一発目は、習志野駅。


降りた駅は習志野なれど、所在地は実は船橋市。

隣の北習志野も同様であり、実際は「習志野原(陸軍習志野練兵場)」から駅名を取っている。

6両化で閉鎖されたホーム部分に、ひと世代前?の駅名標が残されていたが…

移管後はいったいどうなっただろうか?


まずここで、8800形初代復刻塗装8813Fを迎撃!


8000形に続くオリジナリティのデザインに、直流1,500V線初のVVVF制御量産車の新進気鋭。

塗装も少しばかり垢抜けたが、くぬぎ山の狸を脱するには至らなかったようだが。

ただ自分には、新京成電鉄というとこの車両のイメージが今なお濃いのである。


そして、新京成最後の新型車は80000形。

8という数字に拘るあまり、車号が5桁にバージョンアップ。

新京成で5桁車号が初ならば、引き継ぎ先の京成でも初になっている。

今のところ、京成が直通運転を行う路線には8000番台はおろか3桁、5桁の車号形式も居ないので

共通設計である3000形、3100形に編入することは考えていないのかもしれない。

もっとも、共通設計なのは車体だけで、走行機器類は車内同様結構独自性があるそうだが。


さて、この80000形…80056Fの撮影は二和向台(ふたわむこうだい)駅へ移動した。



個人的には、京成3100形の流れを汲む80000形は結構好きな部類である。

カラーデザインもかつての8000形に比べたら無難に纏まっていたが、短命に終わりそうである。


新京成線内ではなかなかな難読珍名の部類に入る二和向台駅であるが、由来はもちろんちゃんとあり

明治期からあった二和の地名と、開業当時に存在した小字である「向台」を合わせたものである。


そして、新鎌ヶ谷から高架に上がり…


北初富駅に降り、松戸側で撮影を開始!

まずは80000形80026Fから。

80000形は京成千葉線直通対応ではなかったが、80026Fから新製後北総鉄道印旛車両基地に搬入し

京成高砂経由で北総線・京成本線を自走で回送されるようになっている。

(80016Fの時は、N800形2編成を使用して2両ずつ北総線・京成本線を回送していたらしい)


新京成線改め京成松戸線内は、まだホームドア設置が波及していない。


高架駅になった新鎌ヶ谷・北初富も、いまのところは着手されていない。

そもそも京成線内のホームドア設置はほとんど進んでおらず…

現在は日暮里・空港第2ビル・成田空港と、都営地下鉄と共用の押上のみしかない。


そして、次なる撮影場所を求めて動き始めるが…


なかなかピンとくる駅に巡り合えず、その見極めに苦戦することになっていく。


この日、3編成目の復刻塗装であるN800形N838Fは、くぬぎ山車両基地で眠っていた。

N838Fの編成撮影は、京成松戸線移管当日を待つこととなる。