2007年03月 東北 2日目後半 - くりはら田園鉄道 廃線2週間前の賑わい
新しく開業する鉄道がある一方で、長い歴史に終止符を打つ鉄道もあります。仙台空港アクセス線開業初日の朝に仙台空港を往復しましたが、同じ日に、月末で廃線となるくりはら田園鉄道を訪問しました。
2日目前半へ平成19年(2007年)3月18日(日)続き
◎小牛田 849→914 石越 一ノ関行525M 701系2両編成ワンマン
仙台方面から来た電車はここからワンマン運転。最初の3駅は有人駅。ロングシートの車内は満席に近い程度。石越は駅員がいるので、乗車券は改札で手渡す。駅の出入口の掲示で、くりはら田園鉄道が多客で遅れが出ているため、JRとの接続が厳しくなることがあるということで切符の事前購入を勧めている。
JRの石越駅と、くりはら田園鉄道の石越駅は、向かい合って建っている。
くりはら田園鉄道は、以前は栗原電鉄という名称で電車運転をしていた。学生時代に、当時の栗原電鉄を往復乗車している。当時「栗電」と略称されていたが、経営難で第三セクターに移行すると同時に電気設備更新の経費を浮かすためディーゼル運転に切り替わった。電車運転でなくなったため「栗原電鉄」から名称変更しなければならなくなったが、これまで使われた略称を生かす意味もあって、現在の名称になったらしい。「くりはら田園鉄道」ならば略して「くり田」→「くりでん」として同じ呼び名になる。
「くりでん」の石越駅に行くと、ちょうど列車が出るところだった。この時間の列車は無く、回送列車だ。石越での折り返し時間が長いので、一旦2駅先の車庫がある若柳へ入れるようだ。
くりでん石越駅舎内では、様々なくりでんグッズを売る出店があった。平成13年に無人化されたという石越駅だが、記念きっぷや書籍、DVDなどが並び、傍らのモニターでくりでんのDVDを放映している。
駅裏にバス乗り場があり、940の若柳行があるが、先行してタクシーで若柳駅に移動する。運転手の話では、鴬沢辺りで栗駒山をバックにすると良い風景らしい。
若柳駅の駅舎内も人が多い。待合室に写真などが展示されている。ここには車庫があり、くりでんのディーゼルカーが数両止まっているが、電鉄時代の電車も並んでいる。ただし、1両は改札外で自転車置き場として使用されていて、他の車両も傷みが著しい。廃車後は特に塗装の塗り替えもしていないのだろう。
くりでんにはタブレット閉塞と腕木式信号機が残っている。ただし、石越・若柳間と栗駒・細倉マインパーク前間はスタフ閉塞のようだ。若柳にも腕木信号があるが、出発信号機は無く、場内信号機だけのようだ。腕木信号のある風景を撮るべく、踏切へ行くが、腕木を正面から捕えられる場所までは行けず。石越へ再度回送されていく列車を後ろから撮影して若柳駅に戻る。駅の窓口で細倉マインパーク前までの乗車券を購入。往復するのかどうか聞かれる。どうやら細倉アインパークが無人駅で切符を販売していないためだろう。
改札を通り、駅員が場内信号機を梃子で操作するのを見学。タブレットは折り返し使用なのか、通票閉塞機を扱う様子は無い。
◎若柳 1022→1104 細倉マインパーク前 細倉マインパーク行 2両編成 先頭=KD952
定刻より少し遅れて入って来た列車は大混雑。ここで下車する人は車内をかき分けて降り、その後で更に多くの乗客が乗り込む。ようやく発車するが、車中は都心の通勤ラッシュのようだ。仙台空港線の開業一番列車よりも遥かに高い混雑率(定員は異なるが)。
ワンマン列車の車内アナウンスは、女性の声が一般的だが、中年の男性の声だ。なかなか味がある。車内の案内表示によると、この列車はOhバンデス号と言って、くりでん応援クラブとミヤギテレビの番組が提携して企画した列車とのこと。沿線の小学生が描いたくりでんの絵が飾られ、車内放送の声は歌手の佐藤宗幸。
沢辺は上下列車の交換駅だが、上り列車が8分遅れとのことで、しばらく停車した。混雑は変わらないまま、列車は山間部に入り、冠雪した栗駒山を正面に見据えながら進む。やがて旧細倉駅跡を擦り抜けて、終点の細倉マインパークに着いた。
くりでんの終着駅ではあるが、無人駅。旅客整理に臨時に配置された職員はいるようだが、精算は運転席のみのため、全部の乗客が下車するまで時間がかかる。これが折り返しに時間がかかり、遅れを発生させる一因になっているようだ。
ようやく折り返して行く石越行列車が旧細倉駅を通過していく後ろ姿を望遠で撮影。
細倉マインパーク駅に戻る。広くない駅舎の中ではくりでんグッズ販売の出店があった。駅前には貨物輸送を行っていた時代の電気機関車と貨車が保存されている。細倉マインパークへのシャトルバスが止まっていたが、やがて発車していった。
道路沿いに少し栗駒方面に戻り、旧細倉駅を見に行く。ホームは朽ちた状態で残っているが、駅舎は売却されたらしく、何か会社名が表示され、締め切られていた。
細倉マインパーク駅前の蕎麦店は閉まっているが、道路に面したラーメン屋は営業している。細倉駅から戻り、ここで昼食。混雑していて相席。ラーメン500円を注文。何と無く蟹の臭いがするが、見た目は普通。
食べ終わって、細倉駅前のバス停でバスを待つ。列車は1212だが、遅れ気味のため、これに乗って予定通り沢辺で1列車遅らせて撮影すると、石越でJRに接続しないおそれが出てきたから、ここを通る栗駒駅行のバスでもう1つの交換駅である栗駒駅に先行して沢辺の代わりに栗駒で撮影して、予定より1本早く石越に戻ろうという考えだ。
◎細倉駅前 1203→1231 栗駒駅 ミヤコーバス 宮城200か・166
バスは2分遅れて1205頃に乗車。
1215頃、鴬沢か鴬沢工業高校前を通過中の列車を遠方に見る。10分ないし15分の遅れのようだ。運転席の時刻表では、栗駒駅前が1231で、1227の列車には間に合わない計算だが、列車の遅れ具合から見て、十分追い付きそうだ。
バスは栗駒駅に1233頃到着。コンクリート造のようだが、古めかしい外観で、駅舎の表示が平仮名で「くりこま」とある。案の定、駅舎内にはまだ列車を待つ乗客で混んでいる。石越までの乗車券を購入。若柳と同様に、硬券のきっぷだ。程なく、石越行が12分遅れで細倉を出たという案内があり、改札の扉が開く。外は冷たい風が吹く。
ホームは駅事務室から構内踏切を渡った1面2線だが、現在は片面しか使っていないようだ。しかし閉塞の境は残っているようで、タブレットキャリアを肩にかけた駅長が駅事務室に立ち、列車を迎えようとしている。
ところが、列車はなかなか来ず、やがて一旦事務室に引っ込んだ駅長がホームに来て、遅れを21分に訂正と乗客に案内。半分くらいの乗客は駅の待合室に戻る。
しばらくして、踏切の警報が遠くで鳴り始め、再び列車到着の案内がある。
◎栗駒 1227→1256 石越 石越行 KD953単行ワンマン
栗駒を発車したのは1250頃だったか。今度は1両編成。とりあえず乗らなくてはいけないので、タブレット交換の撮影どころではない。
今度は普通のワンマン用の車内放送。最初は前の方に立つが最前部にも人が多く、見通しは悪い。
沢辺で多少の乗客の入れ代わりがあり、その機会に後ろへ移動。鉄道旅行漫画である「鉄子の旅」とタイアップしたクイズ企画もあるようだが、引き換え場所が栗駒駅近くの施設に限られているようだ。そこでは期間限定で、くりでんの歴史を展示しているという。
終点の石越には25分遅れの1321に到着。無人駅の精算のため、前のドアしか開かず、全員下車するまで5分近くかかった。
くりでん石越駅舎内では、朝に見たくりでんグッズの他に、乗車券も売り始めたようで、駅の制服を来た係員がいた。
下車駅での精算が減って遅れを抑える効果が期待できるが、どうせなら集札を後部ドアで手伝うようにすれば更に効果があると思う。そこまでは考えが及ばないのだろうか。
乗客を降ろしたくりでんは、若柳へ回送されていった。若柳まで客扱いすれば利用者はあると思うが。
1405になり、定刻ならばくりでんの到着する時刻だが、前の列車の遅れを引きずっていると思われ、姿を見せない。くりでんホームに人が集まっている。
心配したとおり、石越1416の東北本線上りに、くりでんの接続は無かった。1本早くして正解だったようだ。
◎石越 1416→1446 小牛田 岩沼行536M 701系2両編成 後車=クモハ701-1512
混雑したロングシートの電車。小牛田まで立つ。小牛田手前で何度か停車。前に止まっている車両に連結するらしい。連結終了後にドア扱い。
小牛田駅の2つのホームにある売店だが、今着いた上りホーム側のものが若干広いように見える。ここでスイカを使用して茶菓を購入して、陸羽東線の出る下りホームの待合室へ持って行って昼食。
鳴子温泉行は1番線に1518入線した。
◎小牛田 1537→1652 鳴子御殿湯 鳴子温泉行1737D キハ110系2両編成 前車=キハ110-242
古川で20分以上停車するダイヤとなっている。一旦改札を出ると、土産物の店が並んでいたので、ここで土産物を揃えた。
列車に戻ると、先頭車両は混んでいたので、後ろの車両(キハ110-240)に移る。
沿線はだんだんと雪深くなっていき、宿最寄りの鳴子御殿湯に到着。橋を過ぎた高台にあり、平成16年に改築された、洒落た駅舎。
駅前に周辺の地図があり、それを見てから本日の宿である高友旅館に入る。
帳場でチェックインして部屋に案内される。宿は古い木造で、かなり複雑な構造。2階のぼたんの間に案内される。風呂の案内を受けるが道順は複雑そうだ。夕食は18時からで、まだ1時間近くある。
お茶を飲んでから風呂へ。迷いながら、名物の黒湯に行き着く。黒湯は、ホームページなどで紹介されていた写真の印象に比べて広い。天井もかなり高く、屋根に通気孔があるのか、湯気がこもらない。
一旦服を着て、奥にある紅葉湯に行く。ここは家族風呂の位置付けらしく、2人も入ればいっぱいな大きさ。解放感が異なるので、また黒湯に行く。出たのは18時に近かった。タオルを置きに部屋へ戻るが、鍵が開きにくい。閉める時も3分くらいかかったが、開ける時も同様。夕食後は鍵をかけるのを止めた。
夕食は1階の食堂で。用意されていた食事は、自分の分を含めて僅か2組3名分だった。後の1組は60代か70代の熟年夫婦。
夕食は、刺身、焼魚、山菜類、肉鍋など、とても多い。1時間以上かけて食べ終える。
本日22時から、ひょうたん風呂が清掃で使えなくなるとのことなので、食後あまり時間が経過していないが、大河ドラマの前に、ひょうたん風呂へ行く。こちらはこじんまりしている。湯は透明に近い。
風呂を出て部屋に戻ると2008頃。途中から大河ドラマを見て、引き続きドラマ華麗なる一族の最終回を見た。その後、休憩を挟んで22時、23時、25時頃に黒湯に入る。23時頃だったかに、2、30代男性が入ってきた以外は貸し切り状態。
旅行記をまとめて、1時半消灯。
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