鉄道旅 〜 南海電鉄 高野山への旅 その3 | なすの258号のブログ

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橋本から極楽橋に着くと、高野山へ行くケーブルカーが待ち構えています。


この電車は、出発間際だったので敢えて見送りました。

さて、このケーブルカー乗り場の右側に、願い事を木の葉形の紙に書いて、飾るところがあります。その願い事を書ける木の葉形の紙は、観光電車天空の車内でも購入することができます。自分もせっかく来たので、願い事を書いて、吊るしときました。


願い事を書いたら、再びケーブルカー乗り場へ。


高野山へと誘うケーブルカーが、山から下りてきました。


高野山ケーブルカーも斜度は、上に上がるに連れて、角度が上がります。

ただ、極楽橋からケーブルカーに乗ると、山の下にいることもあり、進行方向の座席に座ると、若干前かがみになります。


ケーブルカーの出発を待っていると、別の電車で橋本から乗ってきた乗客達が、このケーブルカーへと乗り継いできて、車内は一気に混み合ってしまいました。

ケーブルカーが動き出すと、車窓に小道のようなものを見つけました。


天空の電車内でもアナウンスがありましたが、この道は昔、高野山からの材木を運ぶための、森林鉄道の廃線跡とのことらしいです。


極楽橋から乗ってきたケーブルカーは、およそ5分ほどの乗車時間で、高野山に着きました。


この高野山は、以前にも私自身、乗りに来たことがありました。ただその時も、京阪京津線の時と同様に、鉄道に乗り潰すのがメインになってしまい、観光はしていません。

今回は、きちんと観光もしようと思います。

窓口で、バスに乗り降りが自由なフリーきっぷを買って、奥の院行きのバスに乗りました。


高野山駅前バス停を出発したバスは、山道をひたすら上って行きます。
大門停留所を過ぎると、山の中に街が開けてきます。

私は、奥の院入り口でバスから降りました。


そのバス停の後ろに、奥の院入り口があり、私も初めて足を踏み入れました。


境内には、たくさんのお墓があり、戦国時代に活躍した、武田信玄や石田三成の墓もありました。
織田信長や豊臣秀吉、徳川家等の墓も、この境内にあるのですが、それは別の場所にあるのか、見当たりませんでした。

境内の参道は、雪が積もっている箇所もあり、滑って転倒するのも嫌なので、雪道だけは慎重になりました。
そして、境内は撮影禁止です。

この参道を、ずっと奥まで歩いていくと、弘法大師が建てたお堂があり、そこは一礼をしてからでないと入れない、神聖なところでした。


奥の院の参道を抜けて、今度は奥の院バス停から、大門方面へと、歩いて戻って行きました。


奥の院から戻れば、建物がたくさん出てきて、高野山の街並みを歩きます。


この通りには、奥の院の他にも、お寺や神社等がたくさんひしめき合っています。

今から1200年前の平安時代に、弘法大師空海が、中国から日本へ戻ってきた時に、この地で仏教を広めたそうです。


弘法大師は、この金剛峯寺で真言宗の創始者になったそうです。



高野山の道を歩いていて、1月の寒波の影響で、雪が積もってるのかな?と気にはなってましたが、実際は日陰になるところや、歩道に雪が積もっている所もありました。

お堂の屋根に、雪が残っていて、屋根から常に雫が垂れてる所もあったので、頭から被りそうな所もありました。




今回、一番最後にしたのが、大門。
立派な建物を見て、とても壮観でした。