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小説 『探偵メトロ東西線』 T-04 早稲田駅(前編)
探偵メトロについて、わかったことがある。
何といっても推理の見事さだ。中野、落合、高田馬場と3駅でうけた依頼をすべて解決している。趣味で探偵をやっているというが、本職でも通用するのでは。
それと、あの容姿。180はある高身長、シュッとしたイケメン顔。性格がアレでなかったら相当モテる。
高田馬場での種明かしのあと、入った駅から出ていった。ICカードなら改札機にひっかかるから、定期券を使っている? 自宅は東西線沿線?
そして本人はペンで描いたと言っている「右目下の二つの泣きぼくろ」。あれって描いたものじゃないのでは、というのが私が抱いている疑惑だ。
本当の「泣きぼくろ」だとすると。
私の生き別れたお兄ちゃんという可能性もある。私はそれにグイグイ突っ込まず、しばらく彼の探偵業(趣味)につきあっていこうと思っている。
さて、高田馬場でキヨピーたちの依頼を受けてから一週間が経過し(あ、ちなみにキヨピー&シュン君はあっという間にカップル解消となった)、私もしばらく平凡な女子大生をしていたところで探偵メトロのツイッターに依頼があった。
《探偵メトロ様 早稲田駅で解いていただきたい謎がございます。当方、飲食店を営む68歳のジジイです》
ほほう、と私はうなる。
これまで中野で女子高生、落合で若いママさん、高田馬場では20代カップルと比較的若い依頼者が多かったけれど、ここにきて自称《68歳のジジイ》から依頼がくるとは。
早稲田って、大学もあるから若い街だと思っていた。固定観念が崩れた。でもまあ、ツイッター見ている68歳って、まだまだ若いと思うんだけど。
そんなこんなで、探偵メトロの次なる謎解きが始まったことになった。さっそく探偵メトロが返事をしている。
《ご依頼ありがとうございます。では次の土曜日午後3時、東西線早稲田駅2番線ホームの一番後ろ側(神楽坂より)でいかがでしょうか?》
《探偵メトロさま ありがとうございます。時間は了解ですが、場所は神楽坂側の改札の内側でいかがでしょう?》
《場所、承知しました。では土曜日に。ちなみに当方、青のシャツ、金髪、右目二つの泣きぼくろが目印です》
探偵メトロは待ち合わせ場所の変更に従っているが、私は一瞬「?」と思った。依頼者が、場所を変更してくる意味がわからないのだ。
その意味を考えながら、土曜日を待つことにした。
土曜日の午後、自宅のある西葛西駅から東西線中野行きに乗って30分弱。普段降りることのない早稲田駅に立った。
ホームで左右を見渡す。
進行方向の前方、高田馬場側に人だかり。これは理解できていた。早稲田大学のキャンパスが、前方の改札の方にあるためだ。《前方付近でかたまらないでください》と駅員さんのアナウンスが聞こえてくる。
かなり大きな大学の、その学生たちが乗り降りする駅なのだ。授業前後の時間は相当な混雑があるのはわかる。
探偵メトロが待ち合わせ場所を反対側にしたのは、その混雑を避けるためだということは、前回の高田馬場でも私は学習済みだった。
さて、と私は待ち合わせの改札口に向かって歩きはじめる。探偵メトロの推理に付き合うようになって、楽しいと感じたのは、こうやって降りたことのない駅に降りることだった。
彼と出会わなければ、おそらく大学に通う四年間の中で、一度も途中下車することのない駅だってあるはず。それが今、こうして中野駅から順々に降りている不思議──縁なのだろう。
階段を昇りきると、いつもの青いシャツが見えた。依頼者は、まだ着いていないようだ。
「こんにちは」
私が声をかけると、ああ、という顔だけで返してくる。相変わらず可愛げのない人。
ただ、出会った当初に比べて、私を拒絶することがなくなったのは進歩かも知れない。
「依頼者の方はまだ見えてないようね」
「ああ、こっちが早すぎたかな」と探偵メトロは腕時計を見る。つられて私もスマートフォンを見た。2時50分。
「依頼者はどうして待ち合わせ場所を、ホームじゃなくって、改札の内側に変更をしてきたのかしら」
「まあ、本人に聞いてみるとしよう」
そんな会話をしていると、「おーっ、いたいた。探偵さぁん」と威勢のいい声が聞こえた。
声のする方を見ると、西船橋方面行きホームの階段を上がってきたオジサンがニコニコを笑いながら近づいてくる。間違いなく自称《68歳のジジイ》さんだ。でも自称するほどの老人という感じはしない。
「ご依頼された方ですね」と探偵メトロが丁重に頭を下げる。
「いやいや、探偵さん、そんな堅苦しい挨拶なんかいらねえよ。こっちこそ頭を下げなきゃなんねえし」
気さくな話しぶりに、私はオジサンに好感を抱いた。
背はやや低め、恰幅のいい体型にグレーのジャケット、黒のデニムが似合っている。ボリュームのある白髪、人懐っこそうな笑顔は飲食店を長年されてきた年輪を感じさせる。
「はじめまして、依頼した坂上って言います。板橋でずっと中華料理店をやってます」
ああ、と私は思った。白い仕事着が似合うなあと。典型的な中華屋のオヤジさんって感じだ。
「探偵メトロです。こっちはアシスタントで」
探偵メトロがチラと私を見る。自己紹介しろ、ということだ。
「辻堂ハルと申します。よろしくお願いいたします」
「ハルさんね、よろしくお願いしますよ」
「で、さっそくですが、ご依頼の件……」と探偵メトロが切り出すと「ここで立ち話もなんだから、外の喫茶店にでも行きましょう」と坂上さんが言う。
「そうですね」と同意した探偵メトロはポケットからパスケースを取り出し、自動改札にピッとあてた。続けて私と坂上さんも改札を出る。
一緒に歩きながら坂上さんが話しかけてくる。
「地下鉄の駅ごとに謎を解いていくって、面白いねえ」
「ありがとうございます。今回もお役に立てれば幸いです」
探偵メトロはいたって謙虚だ。
「あの」と、私は坂上さんに問いかける。「早稲田駅の改札口、その内側に待ち合わせを指定されたのは、何か意味があるのでしょうか?」
「ええ」と、坂上さんが軽くうなづいた。
「これからお話する、ある男に関わってくる話なんですよ……おっ、その喫茶店でどうですか」
坂上さんに誘われるまま、私たちは店に入った。
ブレンドコーヒーを注文してから、坂上さんはスマートフォンを取り出して、私たちに画像を見せる。
「横で飲んでんのが、親友の橋本辰治って男なんだけど」
居酒屋のテーブルだろう、手前には何本もならんだビール瓶、グラスを手に微笑んでいる坂上さんと、親友の橋本辰治さん。赤ら顔の二人は相当酔っているように見えた。
「ああ、この方を探してほしいとか」
「だったら嬉しい話なんだが……お嬢さん、こいつはもう探すことができねえんだ。この世にいねえから」
「ああ」と早合点した自分を、私は後悔する。
「すみません、勝手に解釈しちゃって」
「いやあ、謝ることなんかねえんだ。一カ月前にポックリいっちまってさあ。本人だってまだ自分が死んだなんて思ってねえんじゃないかなあ」
そう言って坂上さんは、スマートフォンの中の親友をしみじみと眺めている。本当に仲がよかったんだな。
ややあって三人の前にコーヒーが運ばれてくる。
ゆっくりと一口すすってから、坂上さんが詳しい話を始めた。
「実は今日が初月忌っていうらしいんだ。亡くなって最初の月命日ってやつだ。もう一カ月かあ……ってね。その辰治が住んでたのが、この早稲田って街なんだよ」
「なるほど、だから早稲田で」
「そう、探偵さんは高田馬場まで謎解きをしたわけだし、だったら次は早稲田ってことですよ」
「ご指名、ありがとうございます……それで依頼内容は」
「うん、その前に、オレと辰治の話をちょっとだけ聞いてくれるかなあ。それが謎解きのヒントにもなるだろうしさ」
坂上さんは別の画像をスマートフォンに出す。
「これ……ガキの頃のオレたち、昭和30年代」
「その頃からのお友達だったんですね」
私も画面に吸い込まれる。モノクロの写真。舗装されていない道路に二人の少年が立って、笑っている。
「まだ戦後の空気が残ってたけど、東京タワーがどんどん高くなって、街に希望が湧いてきた時期だったんだ。オレと辰治は小学校の同級生でさ、何をするにも一緒だった」
いい時代を生きた人なんだな。
「高校まで同じ学校だったのさ。そのあと、オレは実家の中華屋を継ぐために銀座のレストランで修業、辰治は音羽にある印刷会社に就職して、依頼ずっと本を刷ってたよ」
「でも、ずーっと親友だったんですね」と私が言うと、坂上さんはニッコリと笑う。
「あたぼうよ、お嬢さん。竹馬の友……っていっても今の人にはわからないかも知れねえけど、大人になって、女房もらって、ガキが生まれて、それでもずっと親友は親友さ」
だからこそ、親友の急逝はショックだったろう。
「でもまあ、寿命ってもんがあるんだろうなあ。オレよりもずっと元気だった辰治が、ある日突然いなくなっちまって……」
ズッ、と洟をすすった坂上さんは我に返る。
「いけねえ。今日はそんな湿っぽい話をしにきたわけじゃねえんだ。探偵さんにお願いしたいのはね、この辰治と最後に交わした約束について、調べてもらえねえかってね」
「約束、ですか」
探偵メトロは静かに問いかける。
「そうなんだ。辰治がさあ、ポックリ逝っちまう前にオレに言った約束ってえのが、わからねえんだ。それでどうにもこう、モヤモヤしたものを抱えたままでさあ」
「どのような約束なのでしょう?」
「オレを元気づけるために、アイツは『東京で一番高いとこに連れてってやる。運気だってあがる』って言ってたんです」
「東京で一番高い? 運気?」と私が先に反応してしまう。
「その前に」探偵メトロが口にしたコーヒーを置いた。
「坂上さんを元気づけると辰治さんがおっしゃったということは、元気がなくなることがあったのですね」
「さすが探偵さんだなあ」
坂上さんが感心したようにうなずく。
「実はそうなんだよ。三カ月前にオレの店、ボヤを出しちまってさあ……大変だったんだ」
「大丈夫だったのですか」
「五十年近く中華鍋振ってたから、火の扱いも大丈夫だって油断してたんだよな。気がついたら炎が壁や天井にまわって、消防車が来て大騒ぎになってさ……アハハ」
坂上さんは照れ臭そうに笑うが、その時は大変だったんだろうと推測する。
「さいわい、厨房の一部を焦がしたくらいで収まったんだけど、オレも焼きが回ったもんだなって落ちこんでさ。店は修復したけど、まだ営業を再開する気にならないんだ」
「それは、大変でしたねえ」
探偵メトロがいたわるように言う。
「で、辰治の話さ。そんなオレを見かねてか、ちょくちょく遊びに誘ってくれたんだよ。あいつは退職して、この早稲田の街で隠居してたからオレを呼び出して、ふたりで映画を観に行ったり、落語を聞きにいったり」
「いい方だったんですね、辰治さん」
「そうなんだ……それで約束の話だ。亡くなるちょっと前に電話してきて、『運気の上がる東京の一番高いとこ』に話がいきつくってわけだ」
「ああ」と私が反応する。
「その待ち合わせが、早稲田駅のあの改札口だったんですね」
「お、お嬢さん、アンタも名探偵だね。ご明察だ」
「いえ、そんな、たまたまそう思っただけで」と、照れ臭くなった私はコーヒーを口にする。探偵メトロの(いい気になんなよ)的な冷たい横目を見ないふりをして。
「辰治はあの場所──改札の内側で待ち合わせようって言ってきたんだ。もう話はわかったかと思うけど、オレからの依頼ってえのは辰治が早稲田駅にオレを呼び出して、でもって連れて行きたかった『運気の上がる東京の一番高いとこ』を見つけて欲しいってことですよ。お願いできますか」
「ええ、よろこんで」
探偵メトロが微笑みで返す。
──なんだ、簡単な依頼じゃない。
正直、私はそう思った。だって主要な言葉でググれば、その場所は現れるのだから。
私はさっそくスマートフォンで調べはじめる。
いや、調べるまでもないだろう。
「東京で一番高いところと行ったら、スカイツリーじゃないんですか」
「そう思うだろ、お嬢さん。ところがどっこい、違うんだ。実はオレも辰治も高所恐怖症でさあ。高いところは、からっきしダメなんだよ。あいつがオレをスカイツリーに誘うなんてことは考えられない」
「そうですか……ということは」
私はしばらく考える。
建物としての「高いところ」はダメなのだ。だとしたら。
「山ということになりますよね」
「そうかも知れねえなあ」
私は、坂上さんと話をしながら、ちらっと探偵メトロを見た。彼は軽い笑みを浮かべたまま、言葉を発しない。
「ねえ、探偵メトロ。あなたはどう思う?」
「ん? いい推理をしてるんじゃないか。私の代わりに、まずはアシスタントである君が考えてみてくれたまえ」
「何よ、偉そうに」
「今回は自信がありそうじゃないか、任せるよ」
「わ、わかったわよ」
挑まれたような感じで、その実、悪い気分でもなかった私はスマートフォンでググりはじめる。
「ええと、東京で一番高い山はと……あ、ありました」
検索結果は「雲取山」とある。
「東京と埼玉、山梨の県境にある、標高2017メートルの山だそうです。ここからだと中央線、青梅線と電車に乗って、そこからさらにバスで……」
「いやいやいや、お嬢さん。それも多分違うと思うんですよ」と坂上さんは首を振る。
「雲取山はオレも調べたんだけど、いまお嬢さんがおっしゃったように、ここからかなり遠いところにあるだろう。辰治との約束は正午だったんだ。そこから日帰り感覚で行けるような場所じゃねえって」
「そ、そうですね」
「それにオレも辰治も登山の趣味はないんだ。行ったとしてもガキの頃の遠足くらいだって」
「じゃあ雲取山も、なしってことですねえ」
「いや、惜しいところまできてるんじゃないかな」
探偵メトロが口を挟む。
「惜しいって、どういうことよ探偵メトロ。東京で一番高い山は雲取山のほかにはないのよ」
「もう少し柔軟に考えてみなよ。坂上さんと辰治さんが、正午に待ち合わせて、そこから行ける東京で一番高い場所といったら範囲は狭くなるだろう」
「狭くなる?」
探偵メトロは、私にヒントを出しているようだった。私たちのやりとりを聞いていた坂上さんも、「狭い範囲ねえ」と腕を組んで考えている。
「辰治は確かに『東京』って地名を口にしたんだけど、狭い意味での東京ってえのは、何を意味するんですかねえ」
三人はしばらく沈黙してコーヒーを眺める。小さなカップから湯気がゆらゆらと立っているのが見える。
「あ、もしかして」と私は再びスマートフォンを手にする。検索画面にキーワードを入力すると……。
「ああ、やっぱりそうだ!」
自分の閃きに、思わずガッツポーズしてしまう。
「わかったのかい、お嬢さん」
「ええ、はい。確かに雲取山は東京都で一番高い山になるんですけど、狭い意味で『23区』って言葉を足してみたら、出てきたんですよ。箱根山が」
「箱根山って小田原の先じゃないのかい」
「それがですねえ、東京にも箱根山はあるんです。これ、23区で一番高い山で44メートルだそうです。場所なんですが、何とここからすぐ」
私はスマートフォンの地図を坂上さんに見せる。
「本当だ。早稲田から近いなあ」
「だから辰治さんは、早稲田駅で待ち合わせをしたんだと思うのですが、どうでしょう?」
「そうだなあ。いつもは映画館の前とか、寄席の前とかだったけど、早稲田駅で待ち合わせってのはなかったな」
「だとしたら行ってみませんか。東京の、23区内で、一番高いという箱根山に」
私たちはコーヒーを飲み干し、箱根山に向かうことにした。地図を見ながら歩いていくと、早稲田通りの大きな交差点にさしかかる。横断歩道の向こうは穴八幡という大きな神社。早稲田大学が近いだけあって、学生たちでごった返している。
「ところで坂上さん」と探偵メトロが話しかける。「辰治さんのご自宅は、早稲田のどのあたりだったんですか」
「この先だよ。高田馬場との中間地点って感じかな」
「ちなみに坂上さんがお住まいの板橋からは、埼京線、山手線、東西線を乗り継いでこちらに?」
「そうそう」
聞いていて、私は(おや?)と思う。何気ない探偵メトロの会話には、必ず何か意味があるのだ。
「ねえ。今の質問に、どういう意味があるの?」
「うーん、もしかしたら君の推理が正しくないかも、ってことかなあ」
「えー」
「いや、でも完全に不正解というワケでもないんだ。これだけは現地に行ってみないとわからないことだから」
私が凹むような顔をしたから、フォローしたのかも。けれど推理が不正解だとしたら、この移動は取り越し苦労なのではないかと……。
交差点を左折して、大学前を通過。キャンパスを左に見ながらしばらく歩くと……森が見えてきた。
「この先に箱根山があるらしいのですが」
私が説明すると、坂上さんは「ここねえ……」と、やや首をかしげながらキョロキョロと見まわしている。
あ、やっぱり、違うのかなあ……と、探偵メトロを見ると、彼はスマートフォンで何かを見ている。
「ねえ探偵メトロ、私の推理、やっぱり間違ってるの?」
「いや、50%の確率じゃないかなあ。とにかく山頂まで登ってから考えよう」
促されて、私は重くなった足を前に運ぶ。
しばらく坂道を歩き、景色のいい高台のてっぺんに着いた。箱根山の頂上、標高44メートルの東京23区内で一番高い山だ。
「ほほう、これが辰治の言ってた、東京で一番高いところってやつかあ。新宿の超高層ビルも見えるなあ」
四方を見まわし、坂上さんが感慨深そうにしている。でも、その表情には明るい感じがなかった。
「ここじゃなかったんですかね」
「調べてくれた通りの、東京23区で一番高い山だから……間違いないと思うんだけどねえ」
「坂上さんと、辰治さんの思い出に、この山があるというワケではないんですね」
「うーん、正直そうなんだ。ここに来たのも初めてだし、何で辰治がこの山に誘ったのかが、どうにも分からなくてね」
「そうですかあ」
どうやら探偵メトロの言うところの50%の確率のハズレのようだった。彼はというと、スマートフォンをじっと見ている。
「何を調べているの?」
「ん? ああ、この山の歴史についてだよ」
「山に歴史? 火山だったとか」
「そんな前の話じゃないんだ。この山の一帯が江戸時代、尾張藩の下屋敷だったって」
「へー」
「でな、実はこの山、自然にできたものじゃないらしい」
「こんなに高い山が?」
「ああ、下に池があって、それを作るために掘った土でできたのが、この箱根山だったそうだ」
「人工の山かあ……」
じゃあ、ますますナシということかあ。
「でも、もしかしたら坂上さんと辰治さんにとって、思い出のある山かもしれないと思って、こうして登ってみたんだけどな。実際に動いてみないとわからないこともあるから、君のやり方が間違っていたわけではない」
「なぐさめてくれてるのね」
「もっと早くに言っておけばよかったのだが、さっきスマートフォンで調べているとき、もう一つの高い山の存在を君は見落としていたんだよ」
「もう一つって……だって一番高い山が二つあるって、おかしな話じゃないの」
「だから今さっき言っただろ。これは人工の山だって」
「え、どういうこと?」
「調べてみなよ」
言われて私は「東京23区で一番高い山」について調べ直す。すると「箱根山」と一緒に記載されていた、もう一つの山の存在に気づいたのだ。
「これって?」
「うん、そういうこと」と探偵メトロが微笑んだ。
もっと早く言ってくれればよかったのに……でも、行動してみないとわからないこともあるんだ。
「坂上さん」探偵メトロが話かける。「もうひとつ、東京で一番高い山の候補があるんですが、まだ時間はよろしいですか」
「ああ、暇を持て余してんだ。いくらでも付き合うさ」
「よかったです。ここから一時間くらいかかるかもしれませんが、お付き合いください──では」
箱根山をゆっくりと下りていく探偵メトロ。
私と坂上さんもあとについて「東京23区内の人工の一番高い山」を下山した。