デビュー30周年、そしてFinalへ…E217系Last Memories 2024秋冬③ | たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

たいちょ〜の心のつぶやき 第2章

『縁は、連結する』鉄道など交通を中心に興味の赴くままに、日々呟き語るブログ。
※最近すっかり鉄道ルポタージュ化してますが、言いたいことを素直に言うという意味でブログタイトルは変えてません。

テーマ:


2024年11月4日の続き。

成田に行った後は、千葉から「しおさい」に乗り継ぎつつ都内へ一気にとんぼ返りしている。

「しおさい」車内で、E217系との一瞬のすれ違い。

E259系に置き換えられてから「しおさい」には初乗車、列車乗車も7ヶ月半ぶりであった。


11月頭の祝日は、例年なら地元の市民まつりなどを巡るなど比較的地元界隈で過ごすのだが…

この日は新井薬師前で舞台の予約を取っていたので、小滝橋での昼食を経て観劇へ。


そして無事に舞台を見終わって、日没後に大崎を経由して西大井へ。

新たな記録対象にも前倒しで対峙を始めつつ、知恵を巡らせて動いていく。


相鉄12000系でウォーミングアップしつつ、待つこと少し…


日没後の西大井駅撮影は、この時が初のことに。

日が短くなってきたので致し方ないことではあるが、ここから少しずつ日没後の撮影が増える。

運用上、夕方再出庫するものが多いことも一因に。


すぐに横須賀線下りが入ってきてしまったために、編成をゆっくり撮るのは無理だったが…

それでも、入線場面で及第点の撮影ができたから、少しホッとして撤収。


そして、帰路につくついでもあって東京駅へ。

地下2番線にも、E217系の姿があった。

通常地下1番線発着のはずが、少々遅延が発生して発着番線に変更があったようである。


この日は休日ダイヤにも関わらず、基本5運用プラス付属H2運用の最大7運用が組まれていた。

数が減っていたとはいえ、やりようによってはまだまだ記録の頻度は高めに動けていたのである。

それだけに、自分と同じ思いで記録に動いていた人は、2024年内はどれほどいたのだろうか?


…いや、運転を開始してこの30年近くを通しても、だ。

特に旧塗装の頃、一時期国府津に転属して湘南色で走っていた頃も、だ。

それも踏まえて、いざ引退を目の前にしても慌てずに折々に記録できていたのか??


自分とて、大きな反省のもとに少しずつ動き出してはいたが…

その嫌な予感は、残念ながらこの数日後に的中してしまうことになる。


そして、地下4番線で折り返す列車も記録。

時刻は18:13頃。

逆線折り返しのようにも思えるが、こちらは5分程度遅れていたものの所定通りである。


この時、地下2番線からは先のE217系久里浜行きが発車。

ホーム越しの並びを捉えることはできなかった、というか、この時は興味がなかった?

この後すぐに急いで帰路についてしまっているが、どうしてだったか記憶が曖昧である。

まぁ遅延のない通常ダイヤなら、このタイミングではあり得ない並びではあるのだが。


エンド交換をささっと撮って、中央快速線で帰宅。

相変わらず中央快速線高架ホームへの縦移動はしんどいが、30年近くになるとさすがに慣れたよね。


そして…11月7日、木曜日の朝を迎える。

スタートは、横須賀線品川駅の東京寄り。


まだまだこの時は、なんにもない、いつも通りの平日の朝だった。


朝10時過ぎ、ただただ穏やかに1人きりで。


気ままにのんびり、すっかり暑さも落ち着いたなんて事のない11月。


いつも通りに出迎え、いつも通りに見送る。


一日通して、そうであるはずだった。


いや、厳密に先に言っておけば、自分だけは最後までいつも通りだった。

この日この後勃発する喧騒も一切存ぜぬまま、最後まで自分なりのペースで歩いていくことになる。