昨年秋にJR東日本の週末パスなどを利用して長野・新潟・福島県辺りを行った旅。
2日目の後半戦。上越線の土合駅に立ち寄った後、再び北上して小出駅へ。
秋の只見線は絶景の連続。しかし本数が少ないため乗車が集中し、
厳しい戦いとなったのでした…。
天気は非常に良さそう。期待が持てます。
4両編成の普通電車は非常に空いていました。
12時56分、乗り換え駅の小出に到着。
少し離れた只見線ホームに2両編成のディーゼルカーが待ち構えています。
乗換客の様子をうかがっていましたが、降りた人はまばらで拍子抜けしたことを覚えています。
…でもこの写真をよく見てください。
席が既に埋まっている!?
只見線 路線データ
ここで、JR只見線のご紹介。
只見線は、新潟県魚沼市の小出駅から福島県会津若松市の会津若松駅までの135.2kmを結ぶ地方交通線。
福島県内では多くの部分で只見川に沿って走り、絶景路線として知られています。
只見線自体の乗車は実は2回目で、その時は途中の只見~会津川口が運休中で代行バスによる通過となりました。
↓↓その時の乗車記はこちら。↓↓
只見線が被災したのは、2011(平成23)年7月の新潟・福島豪雨。
被害が比較的軽微であった区間から徐々に復旧をしたものの、橋梁流失等の甚大な被害を受けた只見~会津川口間(27.6km)については復旧工事開始前に地元自治体と協議が行われ、施設・用地を福島県が管理する上下分離方式での運行となることが決められました。
2022年10月1日に、実に11年ぶりに全線で運行が再開され、今回改めて訪問した次第です。
小出駅を出る只見線は、なんと1日5本(1本は土休日運休)だけ。
その中で全線通し運行の列車は16時12分発までの3本しかありません。
あとの2本は新潟県内最後の駅、大白川で折り返してしまいます。
よそから来て明るい時間帯に全線乗ろうとすると13時12分発の一択となってしまいます。
前回訪問時、始発列車の只見行きは8時前でしたが、
全線運行再開に際してダイヤも2011年当時のものにほぼ戻されています。
小出 13時12分 → 会津若松 17時24分 只見線 普通 会津若松行き
車両はキハE120形の2両編成。
只見線の使用車両は2020年3月ダイヤ改正よりキハ40系からキハ110形・E120形に変更となっています。
車内の様子ですが、既に座席は100%埋まっており、立ち客が少々。
座っている人はもれなく荷物棚にリュックサック等大きめの荷物を荷物棚に上げており、ほぼ全てが旅行者の模様。お弁当食べたり、すでに酒盛り始めてたり、長距離利用する気満々のようで、残念ながら4時間以上の立ちっぱなしがほぼ確定しました。ありがとうございます。
上越線の連絡列車は上りの長岡からの越後湯沢行きについては2時間前。
下りの長岡行きは50分前にもあったのでそれで来たのか?
まあローカル線が盛況なのは良いことです。
「紅葉シーズンはギリギリに来たら座れない」が旅行者に浸透していたのかもしれません。
それでも地元利用っぽい人も数人混ざっていました。
座れなかったひとり旅行の高齢男性が車掌氏に
「いつもこんな多いの?」「紅葉シーズンですからねぇ~ 先月まで1両に数人だったんですけど~」
みたいな会話をしていました。
もう1本、上り列車から連絡を受けて小出駅を出ます。
接続時間は3分。この列車からでは到底座れません。
小出駅で地元魚沼の物産の出店をしていた人たちからお見送り。
13時12分、定刻で小出駅を出発します。
右に大きくカーブして上越線から分かれ、すぐに魚野川を渡ります。
米どころ魚沼の水田地帯をゆっくり走ります。
小駅でも(全ての駅ではありませんが)1~2人の乗降があります。
序盤の只見線はとってものどかです。
次第に家がなくなり、山の中へ入っていきます。
入広瀬駅。
側線がありますが交換設備は撤去されています。
入広瀬駅を出ると山間部へ入り、駅間距離も長くなります。
小出から45分。新潟県内最後の駅、大白川に到着。
10名ほど降車がありました。
小出行きの列車と交換しますが、交換する列車は臨時の普通列車。
さすがに観光シーズンに3往復じゃあ心もとないと、小出~只見に1往復の普通列車、
それと接続する形で只見~会津若松に1往復の快速列車が増発されていました。
大白川を出発。
大白川から次の只見までの駅間距離は20.8km。
県境を2つの長大トンネルで超えます。
この六十里越と呼ばれる区間、並行する国道252号線は冬期に閉鎖されるため、
新潟県魚沼地方から只見へは只見線が唯一の交通手段となっています。
地形が険しく、道路は覆道となっています。
一つ目の六十里越トンネルを抜けてスノーシェルター内にある廃駅、田子倉駅跡を通過。
すぐに田子倉トンネルに入ります。
トンネルを抜け、景色もどこか一段落すると只見に着きます。
小出から1時間13分、只見に到着。
お、歓迎看板がイラスト入りのものへ付け替えられていますね。
只見駅では時間調整のため10分間停車。
少し降車がありましたが、それ以上に多く乗車がありました。
広い構内の只見駅。
ホームから駅舎までは距離があります。
停車時間のうちにちょっと外へ。
座席がないからこそ動けたのかもしれません(笑)
運行再開を喜ぶ横断幕。
只見駅の時刻表。定期列車は上下3本だけ。
会津川口方面の代行バスは6本の設定がありましたが、列車は従来の本数に戻されてしまったようです。
只見駅の駅舎内。有人の係員窓口があります。
只見駅の駅舎外観。
開業60周年を祝うモザイクアートが作られていました。
車両はやっぱりキハ40なのね。
只見の観光マップ。
どれも駅から遠く、車がいる様子。
再び列車に乗車。
これより、2022年に復旧した区間へ。
只見のフォントが独特。
さて、車内ですが混雑が増していました。
どうやら団体旅行のツアー客が乗車したようで、通路まで満員。
車内を思うように動けなくなってしまいました。
以降、しばらく写真が低クオリティーです。撮れないんだもん。
このツアー、会津川口までの『運行再開区間だけ』乗車のようです。
只見川に沿って列車は進むようになります。
もともとこの区間は電源開発の田子倉ダム建設専用線として開通しており、
後年開業のわりに線形が悪く列車はかなり低速で走行します。
只見川すれすれを走行。
進行方向右側の景色は良いです。
只見川を渡らない第八只見川橋梁。
この区間の駅のホームは短いです。
流失して架け換えとなった第七只見川橋梁。
山々に囲まれているため15時でもう夕方みたいになってきました。
大きな本名ダムが見えてきました。
このダムの直前を横切る第六只見川橋梁も架け換えとなった鉄橋です。
夕方のような日差しとなり、紅葉が映えてきました。
まもなく会津川口に到着。
小出から2時間13分で会津川口に到着。ここでも10分の停車。
小出行き定期普通列車と行き違います。
キハ110にも、それまでのキハ40風の塗装になった車両が存在します。
只見川のほとりにある会津川口駅。
当記事1枚目の写真はこの駅で撮ったものです。
列車の本数は当駅より倍になります。(倍でも6本。)
只見からのツアー客が50人ほど降りていき、平和になったかと思えば、
さっきより少ないものの別のツアー客が30名程度乗車して来ました。
前回の訪問時、この駅で接続時間がかなりあったのでひと駅歩いています。
芸術のような只見川の景色。
線路の上に架かる橋の上から見たっけ。
列車だとあっという間に会津中川駅に到着。
これで只見線を全線鉄道で乗ったことになります。
金山町のゆるキャラ、かぼまるがお見送り。
会津川口からは沿線の柳津町のボランティア観光ガイドの方が乗車されていました。
列車からの車窓を解説されていましたが、マイクを使うとかそんな感じではなかったので、近くにいる人しか話が聞こえません。もったいない。
早戸駅。
この辺りの只見川は霧幻峡と呼ばれる川霧が有名な場所で渡し船が運航されています。近くには温泉もあり、5名ほどが下車していきました。
この辺りも国道は険しい山の中。
覆道が見えますか?
早戸~会津宮下間の第三只見川橋梁を渡ります。
この辺りは繰り返し立派な橋梁で只見川を渡る景色のハイライト的な区間。
進行方向左側に宮下ダムとダム湖が見えます。
会津宮下駅に到着。
会津川口から乗車の団体ツアー客はここで下車していきました。
彼らが列車に乗っている間、バスが列車を猛追し、彼らは再びバスで目的地へ向かうのでしょう。
田んぼを横目に列車は走ります。
そして、只見線で最も有名な只見川第一橋梁に差し掛かりました。
列車はサービスなのかもともとの制限速度か、かなりゆっくりと通過します。
進行方向右側の景色。
外から見たらこんな鉄橋です。(只見駅にあったポスターより)
四季を通じてきれいだろうなあ。
撮影地へのアクセス最寄りは会津宮下駅。
会津柳津駅でガイドの方々は降りて行かれました。
塔寺駅を出ると列車は只見川から離れて一気に高度を下げて会津盆地へ入っていきます。
小出から3時間半。会津坂下駅からは比較的利用の多い区間となり、高校生たちが大挙して乗車してきて車内は再び満員となりました。
(もっともこの日は休日で、部活の試合か何かで県内から遠征してきた子が大半のようでしたが)
会津坂下折り返しの列車は1往復しかありません。(トータル7往復)
もう少し運転があってもいいのに。
これより先は会津若松に向けて学生がどんどん降りていくのみ。
本数が少なすぎるせいか、会津若松へ向けて乗ってくる動きはほとんどありません。
日も落ちてしまいました。
4時間以上の乗車、お疲れ様でした。終着の会津若松に到着。
磐越西線はお乗り換えです。
ガチで4時間立ちっぱなしでした。
廃止間際の三江線で3時間半身動きできず立ちっぱなしだったのと比べて少しマシでしたがこれは辛い。
そして座席にありついていた勢はやはり大半が小出~会津若松の通し乗車だったようです。
あれからまた1年経って、復活フィーバーももう少し収まっていると思われますが、
景色はバツグンなのでピークを避けてもう一度のんびり乗り通したいと思えた路線でした。
次回は私鉄を使って東京方面へ帰っていきます!
つづく。
以下、余談というかお小言です。
地方ローカル線の景色の良い区間のみを「つまみ喰い」する団体ツアー。
全国を旅していると割と見かけるんですよね。
あれは解せない。
大体はツアー本体はバスツアーで、話題になっている区間だけを体験させるために列車に乗せるんですが、受け入れる列車側のキャパを考えていないことが多いんですよね。
1両だか2両の定期列車に乗せることが多いんですが、
車内が満員となって雰囲気が壊れることが多いです。
「どうせ空いているだろう」じゃないんですよ。
何のために近くまでバスで来たんや。
ひどい時は乗降や精算に時間がかかって列車が遅れてしまうことも。
そんな時はぜひとも団体専用列車を個別に仕立ててほしいものです。
今年最後の記事で愚痴ってしまってすみません。
2024年は順調にブログの更新ができてよかったです。
今年一年ありがとうございました。
来年、2025年もどうぞよろしくお願いいたします。