紀伊勝浦・新宮~名古屋間を結ぶ特急「南紀」
実家から名古屋へ鉄道で向かう時には、必ずお世話になる特急列車ですが、2023年7月1日より従来からのキハ85系に代わって最新鋭のHC85系が投入されました
早いもので、「南紀」へHC85系が投入されてから1年以上が経ちました
昨年の11月と今年の8月に紀伊勝浦駅から名古屋駅までHC85系による「南紀」に乗車しましたので、その時の記録を整理しておこうと思います
2回乗車した分の写真を1つの記事で紹介しているので、写真によって登場してくる車両が異なりますが、ご了承ください
車両が切り替わってから既に3ヶ月ほどが経過していましたが、紀伊勝浦駅の構内には”Hello NEW NANKI”のポスターが掲示されていました
紀伊勝浦駅には留置線がない…キハ80系時代は存在した…ので、「南紀」の運用に就く車両は新宮駅から回送でやって来ますが、昼間時間帯の列車については当駅でそのまま折り返す運用もあります
昨年11月に「南紀」4号へ乗車した時はD108編成が充当がされていました
HC85系には三種類の編成…
D1~D8編成:グリーン車を連結した4両編成
D101~D110編成:モノクラス2連
D201~D204編成:モノクラス4連
…が存在します
この内、グリーン車を連結したD1~D8編成は「ひだ」専用なっており、紀勢本線へは試運転で入線したこそがあれども、臨時列車も含めて営業運転を行った実績はありません
既に「南紀」ではコロナ禍での需要の落ち込みから、キハ85系時代の2020年10月を以ってグリーン車が編成から外され、モノクラスでの運行となっていました
HC85系へ置き換えられた時にグリーン車が復活するわけもなく、HC85系の中でもモノクラスとなるD100番台orD200番台の編成が「南紀」の運用に就いています
HC85系のエクステリアを特徴付けているのは、運転台上方の”おでこ”に設置された照明ではないでしょうか?
前部/後部標識灯に連動して白/赤で光るようになっており、キハ85系の非貫通型先頭車にあったサンルーフをリスペクトしているように見えますし、同系のチャームポイントにもなっていると思います
HC85系の量産先行車がロールアウトした時に大いに話題を振りまいたのが、こちらの車号です
これまで気動車であればキハ●●となるところが、「モーター駆動なので電車と同じでいいのでは?」という独自路線を突っ走った結果、一応は気動車でありながら、形式はクモロ・クモハ・モハと電車と共通仕様になっています
キハ85系では、内燃機関の動力をトルクコンバータを介して駆動力を生み出していたのに対して、HC85系では30年分の技術進歩を引っ提げて、特急用車両としては日本で初めてモーター駆動によるハイブリッド車両として誕生しました
ディーゼルエンジンに組み合わされた発電機とバッテリーからの電力を、VVVFインバータを介してモーター(PMSM)を駆動する仕組みになっており、東芝インフラシステムズが開発を担っています
JR東日本のHB-E300系などと同様のシリーズハイブリッド方式が採用されており、エンジンを直接駆動力に使用することはないため、クルマで例えるとトヨタのTHSよりも、日産のe-Powerに近いシステムになっています
なお、ハイブリッド車両としては国内で初めて120km/h運転が可能になった点は、特筆に値します
車体側面にはハイブリッド車両であることを主張するロゴマークがあるのですが、デザイン的には…
JR四国さんならもっとスタイリッシュなロゴを作れたのでは?と思えてなりません
JR東海の在来線特急用車両でロゴマークが車体に用意されたのは今回が初のケースであり、同車の技術的アドバンテージを誇示する目的も見え隠れします
車外に設置された行先/号車表示はイマドキの車両らしくフルカラーLED式で、列車種別・列車名・行先・号車・座席種別を一括して表示するものです
日英二ヶ国語表記となっていますが、N700系やE5系のように始発駅で停車駅をスクロール表示するような機能は仕込まれていません
2024年3月のダイヤ改正まで、紀伊勝浦駅ではオーシャンアローが充当される「くろしお」16号と並ぶシーンが見られました
キハ85系の置き換え完了したいまとなっては、紀勢本線を走る最古参の特急用車両がオーシャンアローとなりました
今年の3月の改正以降は283系の運用が変わり、「くろしお」16号に287系が入るようになりました
写真のHC606編成は、串本町のスペースポート紀伊から打ち上げられるロケットを応援するべくラッピングが施された”ロケットカイロス”号です
それでは車内へ入っていきましょう
2両編成のD100番台編成では、いま乗車中のクモハ85形にバリアフリー対応設備があり、洗面所も車イスの利用に対応した形状になっています
洗面所の鏡は100系新幹線のような三面鏡になっており、鏡面に照明が仕込まれています
鏡面に照明を埋め込むスタイルは、少し前まで近鉄とJR西日本のお家芸だったような気がしますが、ここ最近各社に広まりつつありますね
洗面所に横に何やらオレンジ色の光を湛えた円筒形の物体が見えますが、これは”ナノミュージアム”と呼ばれる仕掛けになってまして、車内にいながらにして沿線地域の伝統・文化に触れ合えるようになっています
このショーケースに入っているのは、三重県鈴鹿市で作られている伊勢型紙を使ったライトで、同じものがJR東海マーケットでも販売されています
デッキ周りについては、木目調の化粧板を基調とした落ち着いた雰囲気で、それに加えてナノミュージアムによる演出、実用性一辺倒のJR東海らしからぬデザインエッセンスが散りばめられています
HC85系は、特急用車両として日本初のハイブリッド車両であること、そしてハイブリッド車両では初の120㎞/h運転を実現したことが高く評価され、日本鉄道大賞とブルーリボン賞を受賞しています
昨年11月に乗車した時は、車内の広告枠がHello NEW NANKI仕様でした
それでは客室内を見ていきましょう
普通席のシートモケットは、高山本線沿いの紅葉や熊野市の花火をイメージした明るさを赤~オレンジのグラデーションで表現しています
客室内に入った途端に、空間全体がまるで質量を持っているかのように、強烈な赤が目に飛び込んできます
照明は間接照明になっており、中央部を立体的な造形にすることで、天井全体をほんのりと照らし出す構造になっています
リクライニング角度は普通車としては十分な量が確保されており、シートピッチは先代のキハ85系に倣って1,000㎜が確保されています
シートバックには、大型の背面テーブルとコートフック、網ポケットが備わっており、ここら辺は特急列車として標準的な設備ですね
妻壁に面した車端部の座席であっても抜かりなく大型のテーブルが備わります
キハ85系から大きく進化した点としては、グリーン席,普通席に関係なく全ての座席にコンセントが設置されたことが挙げられます
設置場所はいずれもアームレスト先端部で、これなら窓側に座っている人がトイレへ行く時に誤って引っ掛けることもなさそうです
パッと見たところ、N700S系の座席とよく似ているように見えるHC85系の座席ですが、アームレスト周りのデザインが相似している一方で、座面チルト機構は省略されているほか、ヘッドレストの形状も異なっています
先述したように、シートピッチこそキハ85系と同じ1,000㎜が確保されているものの、フットレストはばっさり切り捨てられました
キハ85系のように、普通車でも床にはカーペットが敷き詰められ、セミハイデッキ構造の室内にふかふかの座席が並んでいたのと比べると、居住性は大きく低下したと言わざるを得ません
肝心の座席にしても、座面からバックレストにかけてのクッション材はかなり硬めで、臀部の収まりが悪いため、2時間以上の乗車は拷問に感じます
総じて、昨今の車両にありがちなコスト削減とリサイクル性に血眼になった結果、”薄くて硬くて貧相な”座席になってしまい、一番大事なはずの居住性がどこかに置いてけぼりになってます
座席に加えて気になったのが、①走行中の車体の揺れと②エンジンの振動です
①については、HC85系の乗車記やYouTubeの紹介動画などで、キハ85系に比べて揺れが軽減されたと多くの方が口々に感想を述べているのですが、私はそのように感じませんでした
JR東海管内は紀勢本線のような亜幹線であっても保線状態がよく、「くろしお」に比べると「南紀」はあまり揺れない、と思っていたのですが、このHC85系は走行中絶え間なく不快な横揺れが続くのです
キハ85系はどっしりとレールの上に乗っかている安定感のある乗り味だったのですが、HC85系は台車の構造に起因するのか、それとも車体の剛性不足が原因なのか分かりませんが、不安定でグラグラとした乗り味なのです
②については、然しもの最新鋭なハイブリッド車両とはいえ、非電化区間を走行する以上、その動力は内燃機関に頼らざるを得ません
キハ85系が14L直列6気筒E/gを各車に2基ずつ搭載していたのに対して、HC85系は排気量・シリンダ数が同じながらも、E/g搭載数は各車1基ずつに減じています
さらにエンジン搭載部は防振ゴムを二重化している上に、二重床構造の防音床とすることで騒音・振動の低減が図られているはずなのですが、どうしても”電車”になり切ることはできず、やはり気動車らしい鼓動が身体に伝わってきます
それでも、エンジンが絶えず動いていれば気にならないのですが、停車中にアイドリングストップからエンジンが始動する時や惰行→力行時の再起動時の振動がどうしても気になってしまうのです
いずれにせよキハ85系が偉大過ぎたのか、ハード面では大きく進化したかもしれないが、ソフト面は大きく退化したといえます
東京へ行くなら空路を考えるか、名古屋まで行く時は途中で快速「みえ」か近鉄特急に乗り換えた方がいいかもしれません
量産先行車ではフルカラーLEDだった客室内の案内表示器は、量産車でLCDに変更されました(後に量産先行車もLCDへ改造)
号車や座席種別、トイレ使用表示のほか、ハイブリッド車両に特有のエネルギーフロー表示に切り替わることもあります
ところで、「南紀」の場合、基本編成は2両となっており、名古屋寄りの1号車が自由席、紀伊勝浦寄りの2号車が指定席です
キハ85系時代は1号車にキハ85形0番台が連結されており、自由席の定員は60名でしたが、HC85系に置き換えられてから、クモハ85形200番台車で40名へと大きく減少しています
しかも、そのうち2席は車イス対応座席で指定席扱いとなるため、実質的に自由席の定員は38名しかなく、繁忙期は新宮発車時点で7割方の座席が埋まっていました
紀伊勝浦駅や新宮駅からならともかく、これだけ自由席車の定員が減ってしまうと、熊野市駅や尾鷲駅からだと自由席の確保が難しくなったのではないでしょうか?
キハ85系が縦横軸併用ツインレバー型マスコンだったのに対して、HC85系は左手で操作するタイプのワンハンドルマスコンになりました
同車は「ひだ」の米原~大阪間や「南紀」の新宮~紀伊勝浦間でJR西日本へ乗り入れますが、現時点でJR西日本管内を走行する車両で唯一のワンハンドルマスコンの車両となります
キハ85系の引退から1年半ほどが経過しましたが、早くもカミンズサウンドとふかふかの座席が恋しくなってきました
奥にちらりと映っている315系と共に、令和のJR東海を担う車両だけに、室内アコモにもう一工夫欲しかったですね