今日は文化の日ということで、相応しい一冊をご紹介しましょう。
南陀楼綾繁編『中央線随筆傑作選』(中公文庫)です。
中央線(中央快速線)沿線についての随筆42篇を収めたアンソロジーとなります。
中央線沿線というと、とにかく文士、文化人が多く居を定めた印象がありまして、それだけに沿線ゆかりの人士による随筆で一冊の本が出来てしまいます。
巻頭に、ねじめ正一「江戸と武蔵野が混ざる」という総論的な文章があり、続いては赤瀬川原平、種村季弘、唐十郎、永島慎二、友部正人各氏による、どちらかといえばサブカルチャー方面の随筆が載っています。中央線沿線はサブカルの聖地でもあったのを再認識できます。
その後は、お茶の水(出口裕弘、武田百合子)、四ツ谷(吉行理恵、安藤鶴夫)、新宿(田辺茂一、萩原朔太郎、小沢信男)、大久保(佐多稲子)、東中野(福田清人、埴谷雄高)、中野(中原中也、向田邦子、串田孫一)という随筆が続きます。東京駅や神田駅も中央線の筈ですが出てきませんし、新宿までの各駅停車のみ停車する駅も省かれていますが、快速の停車しない大久保、東中野両駅についてはゆかりの作家が大物のためか登場します。向田、串田両氏の作品に出てくる「ライオン」の正体が大いに気になるところです。
高円寺から西荻窪までの各駅は、特に文士、文化人が数多く住んだことから、本書でも充実しています。高円寺(芝木好子、出久根達郎)、阿佐ヶ谷(木山捷平、上林暁、久世光彦)、荻窪(与謝野晶子、鈴木信太郎、徳川夢声、滝田ゆう、石井桃子)、西荻窪(有馬頼寧、坂口安吾、田中小実昌)が登場します。その後は別役実「中央・総武線」という総説的な随筆が再び載ります。
出久根達郎「ムダを愛する町」は永年この町で古書店を営んできた著者らしい「高円寺古本屋ガイド」です。また、荻窪をめぐる諸氏の随筆には、中央線だけでなくこの地を終点としていた都電杉並線も出てきます。そして有馬頼寧「井荻村時代」は、西荻窪という駅名が決まるまでの「秘話」も読めます。一つ意外だったのは、後年「住みたい街ナンバーワン」になる吉祥寺に関する随筆がないことです。文士を惹きつける街ではなかったということでしょうか。
三鷹をめぐる随筆は、津村節子、西江雅之、辻井喬と豊富ですが、その先、武蔵境以遠となると途端に寂しくなります。これまた意外なことに武蔵小金井も国分寺も立川も出てきません。例外は国立でして、山口瞳、三木卓、小島信夫の随筆が載っています。また、先にご紹介した辻井喬「川は流れる」にも、実父の堤康次郎が開発した国立の街並みの描写があります。桑都・八王子については、この街に長く暮らした瀧井孝作の「桑の並木」があります。
続く伊藤礼「わたくしの中央線」は、中野、上諏訪、吉祥寺、豊田、国立などの著者と関わった中央線沿線の街が出てくるほか、(旧)西武鉄道の新宿軌道線(後の都電杉並線)の思い出も載っており、この電車のファンである私にとっては思わぬ「拾い物」となりました。最後の尾崎喜八「通過列車」は、西荻窪駅のホームから西に向かう通過列車を眺め、遥か信州の山々に想いをはせるという内容で、高尾以遠へと続く中央線を象徴する一文です。
本書は、中央線という括りで、一流の作家たちの随筆を堪能できる大変贅沢な一冊です。出来ることならこの程中央線快速に連結されたグリーン車の中で読みたいと思っていましたが、その願いは果たせぬまま読了と相成りました。それはともかく、一読して損はない一冊であると思います。皆様にも広くお薦めする次第です。
この表紙で「ジャケ買い」という方があってもいいと思います。