太秦天神川から
京都市交通局の地下鉄東西線に乗って、
京都市役所前(河原町御池)で下車、
といっても新交通システムのようなホームドア、さらに地下で暗いため乗ってきた電車の外観はほぼわかりませんが、16m級で車体幅も細いミニ地下鉄に分類される電車。
エキチカの商業施設ゼスト御池を抜けて地上に出ると三条通り、
寺町専門店会商店街、
少し長い名前ですが特定分野に特化した専門店が多く入っていることからついた名前なのだそう。
そのアーケードを入ってすぐ左手に
お寺の門が見えてきます。
本能寺、
有名な本能寺の変で焼失した寺は初代から数えて4代目、その後豊臣秀吉の命により場所を移して再建されるもその後も天明の大火、蛤御門の変で2度焼失していて現在の建物は7代目のものなのだそう。
はじめてここを通った時に本能寺って商店街のアーケードの生活感溢れるこんなところにあったんだと意外性に感動したのを思い出します。
立正安国論ということで上に立っているのは日蓮宗=法華宗の宗祖日蓮上人の像、
「敵は本能寺にあり」
この言葉が諺にもなっているくらいに織田信長公が討たれた場所ということが強調され過ぎて宗派とかあまり知られていないと思いますが、本能寺は法華宗のお寺。
そのあとアーケードを少し行った先にある、
紅茶専門店のルピシアの寺町三条店へ、
普段はルクアかパークス、エキスポシティなどの商業施設内の店舗で買うことが多いのですが、京都限定商品や店内のディスプレイ、京都ならではの間口が小さく奥に広い町屋風のレイアウトなど雰囲気が好きなのでたまにここまで買いに来たくなります。
今回は紅茶よりも圧倒的に緑茶多めになってますが、ちょうどセールをやっていたもので、
アーケードを東の方に進むと、
河原町通に出ます、
信号の手前にある特徴的なモニュメント「和」、
高瀬川に架かるその名のとおり小さな橋、三条小橋を過ぎると、
その名のとおり大きな橋、三条大橋が見えてきます。
擬宝珠越しに鴨川を、
川を渡った先、鴨川東岸の川端通の向こうに
京阪三条駅のビル、
三条大橋の補修についての解説文、橋の手前にも関連する石柱や高札場の立札がありました、
最近は京都のみならず道端のところどころにこのような観光の解説の読み物があって退屈しません。
駅伝発祥の地、
大正6(1917)年にこの場所からスタートし東京上野の不忍池まで東海道を3日かけて走ったのが駅伝の始まり、
東海道五十三次の起点であることからこの地点が選ばれたのですが、開催には読売新聞社が大きく関わっており、コースも東京日本橋から東海道の途中の箱根の関までを往復するなど現在の箱根駅伝の原型とも言われています。
その出発地点の碑の真横にある三条駅の入口から駅に降りていきます。