もし50系客車の車体設計がもっと合理的だったら
50系客車は国鉄末期に普通列車に充当されていた老朽化した旧型客車を置き換える目的で投入された。当時はまだ全国各地のローカル線でラッシュ時に長編成の客車列車が設定されていた。ラッシュ時のみ稼働する車両は客車の方が安価で長編成の列車を走らせやすいのと、機関車の間合いで運用できるためである。客車列車を減らしていく方針だったものの、荷物列車や貨物列車が減少して余剰となっていた機関車を活用するためや、労組が客車列車の存続を求めていたことから、あえて客車が新造された。
一応国鉄時代の常識にしてはラッシュ時に配慮したものとなっており、乗降扉は幅1000mmまで拡大されたし、デッキ扉も両開きの大きなものが採用された。収容力を増やすため、デッキ付近にはロングシートが設置されている。185系電車が一応普通列車としての運用も考慮していたのと同じくらいには配慮していた。
しかしそれは所詮国鉄基準の常識であって、ラッシュ時の普通列車に投入するならもっとラッシュ時向きの車体構造にできなかったものかと思う。同時期に新造されていたキハ47や413系電車は、2扉両開きで扉は車体中央寄りにありデッキはない。同じ2扉でもデッキ付き車両よりもはるかに収容力がある。だったらキハ47と同じ車体(北海道仕様はキハ40-0番台と同じ車体)で動力を省略した客車にすることはできなかったものだろうか。
当時は労組の意向により客車列車をせざるを得なかったものの、動力近代化の方針はだいぶ前から決まっていたし、余剰の機関車もいずれは引退していくのだから、将来気動車や電車に転用できるような車体設計にしておけば無駄がない。北海道で51系客車を気動車に改造した際には改造費用が予想外にかかったようだが、最初から気動車化改造のための準備をしておけば手戻りが生じない。また、客車にはサービス電源がないという理由で冷房設置が見送られたが、新造時点では通勤形車両への冷房設置も進んでいたのだから、将来の気動車転用を見越して集中式冷房を取り付けるだけで冷房化できる冷房準備車にしておけばよかっただろう。
40系気動車は当初は重い車体に220psのエンジンを積んでいたため鈍足だったが、その後330psクラスのエンジンに換装され、冷房も設置されていたことから、腐食に強い丈夫な車体もあいまって長持ちした。気動車なのでエンジンの動力の一部を冷房に振り向ければ冷房を駆動させることができる。気動車なら短編成での運転もできるので、短編成化による増発も容易である。
50系客車には自動扉が採用されたため、編成内を巡回している車掌が編成のどこからでも扉開閉を行えるよう緩急車が多数製造された。それならキハ47ベースの片運転台の車両にしておいて、客車として使うときには運転台を設置せずに車掌室として使うようにすればよいだろう。将来の気動車化と短編成化を見越して全車緩急車にすればよい。
さらにいえば、どうせ運転台付の車両を新造するなら、機関車を運転できるような運転台を設置すれば推進運転できるので終着駅で機関車を付け替える必要がない。海外の普通列車用の客車列車ではよく見かける。長距離列車ならまだしも50系客車は短距離の普通列車を想定したものなのだから推進運転対応であってほしい。
しかしそれが国鉄末期に実現できたかというと難しい。機関車と気動車とでは操縦方法が全然異なるので気動車用の運転台で機関車の操縦に対応できるのかとか、様々な機関車に対応できるのかといった技術的な問題もさることながら、機関士の力が強かった国鉄時代に機関士が気動車の運転席に座って機関車を運転することは想像がつきにくい。