初瀬川に架かる近鉄の鉄道橋と初瀬に掛かる枕詞の万葉歌碑 | まだだ、まだおわらんよ・・・
2024年07月06日

初瀬川に架かる近鉄の鉄道橋と初瀬に掛かる枕詞の万葉歌碑

テーマ:鉄道・近鉄

 

今回は河内国分駅からスタート、

 

近鉄大阪線を撮影した大和川橋梁の最寄駅にして大和路線橋梁巡りのスタート地点の高井田駅から700mに位置する駅です。

 

この駅も目的地の駅も共に急行停車駅なのですが、この普通が先着しますとのことなのでそのまま乗車。

 

電車に揺られて約30分余りで、

 

大和朝倉駅に到着。

 

跨線橋から下を覗くとちょうどアーバンライナーが通過していきました。

 

きれいな周辺案内看板。

 

乗ってきた電車は折り返しの大阪上本町行き準急になっていました。

 

少し駅から離れたところで振り向いて1枚、

 

駅を出て北に向かって進むとすぐに小さな川に小さな橋が架かっています。

 

上流側、

 

下流側、奥に電車の架線柱が見えます。

駅到着前に電車の窓から見えていた川、今度はちょうど反対側から見た図になります。

 


橋の名は朝倉橋というそうです、

 

昭和レトロ感満載の街並みをしばらく進んで、その先の民家の間を右に入ると、

 

電車のガードが見えてきます。

 

線路を潜った先には小川が流れています。

 

長閑なせせらぎです。

 

振り返ると奥に小さな鉄橋、

 

川は弧を描いてその先で再び線路と交差。

 

ちょうどその時22000系ACEが通過、前ACE+後ろVISTAの8両編成でした。

 

国分で撮っていた時に最初の方に現れたこれと同じ時刻の便です。

 

ところで駅から続いているこの小川、実は大和川なんです。

 

大和川自体は源流までこの先まだ10キロ以上続いているのですが、鉄道が跨ぐのはおそらくここが最上流地点になります。

以前に最河口側の鉄道橋に行ったので今回はその逆、最上流側の鉄道橋を見るためにここまで来ました。

 

亀の瀬の回でも少し触れましたが河川法上はここもれっきとした大和川ですが、桜井市に入ったあたりから初瀬川(はつせがわ)という呼び名になります。

 

ここから少し上流に行くと西国三十三所の八番札所にして花の御寺とも称される長谷寺があります。

平安期から初瀬詣でと称して多くの貴族が参詣したということですが、この長谷が「ながたに」ではなく「はせ」という読みになったのはこの初瀬がもとになっていたのです。

 

初瀬(泊瀬)にかかる枕詞の「隠りく」が長い谷のある地形を表わしていることから

長谷を初瀬/泊瀬(はつせ/はくせ)→「はせ」と読むようになったそうで、

長谷川姓のルーツもこの初瀬川から来ています。

 

「こもりく(長谷)の初瀬」

他に似た例で「飛ぶ鳥の明日香」で「飛鳥(あすか)」というのがあります。

 

そんなこもりくを詠んだ複数あるうちの一首、その歌碑がここ大和朝倉にもあるということでそちらも見てきました。

こもりくの 初瀬の山の 山の際に いさよふ雲は 妹にかもあらむ

柿本人麻呂

 

ところでこの歌碑なのですが、

朝倉小学校の傍にあるのですが、この前の三郷駅の近くにあった鏡王女の万葉歌碑はミニ公園仕立ての台座+解説札付きでしたが、こちらは石碑のみ地面に据えられていて日常風景の中に溶け込んでいます。

 

それと横の方で草で隠れている小さな立て札、

万葉歌碑めぐりロマンラリーの「こ」が何なのかこちらも気になります。

 

 

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