飯田線80系置換で1983年2月に運用開始の、119系1次車のトップ番号の編成が来た。
しかし、痛々しいのはテープ貼付けの白帯、ところどころ剝がされているのがわかる。
極めて好ましくない。このような走行姿を何回か見ることがあった。
正面白帯で、運転席窓と助手席窓下に横手摺があり、手摺は白帯の中、上端にあり。
2次車は、正面の白帯の僅かに上に手摺があり、これを見ると判別は可能。
この3両編成の中のクモハは中間車専用で、正面に出る機会は少ないことになる。
真ん中のクモハの正面が映った撮影はどうすればよいか、同行者と話をした記憶あり。
クモハ115のトップ番号は、◆マークでパンタグラフはPS23対応、中央線乗入想定。
同じ編成に連結のクハ118-1。下り向きで使用されていた。
正面運転席窓と自主席窓下の横手摺が、白帯の僅かに上。白帯と被っていない。
なお晴れて影になっていると、判別が瞬間的にわかりにくい時ありで注意。
伊那松島機関区で、2回目の旧型国電最終運転で一緒に撮影したときの画像になる。
参考:JTB時刻表1983/03、1983/07
RM LIBRARY 264 105・119系 昭和50年代の1M電車
鉄道ピクトリアル2012/04(No861)新性能1M国電