一睡の夢:国鉄末期の12年

40年ほど前の国鉄時代の記録

飯田線旧型国電最後の力走25-2(53008/47009)

1982/11/27 飯田線 川路/時又、1221M 辰野行、
クモハ53008/クハ47009/クハ68412/クモハユニ64000

 今回はクモハ53008、あまり相性が良くなく、走行撮影ができた数少ない時になる。

午前10時前ではここでは下り側に陽が良く当たらず、厳しい撮影になってしまった。

川路を中心のその前後の区間は、水害対策で大きく変更、光景も大変化と思われる。

 

1980/07/20 飯田線 豊橋、1223M 辰野行、クモハ53008

 真夏のクモハ53008。大窓も含めて開けられている。冷房普及以前の夏の普通電車。

ノーシール・ノーヘッダーの大窓は、隣のクハ47009とは全く別の美しさを感じる。

よくこの年まで現役の状態で残っていたと思う。

 

1980/07/20 飯田線 豊橋、クモハ53008/クハ47009

 連結側第二エンド4位側から。通路上の通風機が残っていた。

1983/07/23 飯田線 中部天竜、クモハ53008

 クモハ53008は下り向き偶数車、製造から同様らしく、基本方向転換等はなし。

そのため助手席側1位3位側は電気側になる。抵抗器の位置が、助手席側1位側に注意。

偶数車の多くは、抵抗器は電気側連結面第二エンド3位側に配置であるが、異なる。

飯田線クモハ52002と52004が同様であった。別途身延線のクモハ51等で見られた。

どうも大阪配置の下り偶数向き車で、その後の改造がなければ見られるらしい。

 学生の頃の模型製作で、上り下り向きで一律に製作しかかったら何か違うと指摘。

結局よくわからず時間切れでウヤムヤにしていたが、思ったよりはるかに事情は複雑。

正直参っていましたが、yasuo_ssi様から助言をいただき、とても助かりました。

改めて感謝いたします。今回の一連のまとめが終わったら、見直したいと思います。

 

1983/07/23 飯田線 中部天竜、クモハ53008

 上記と全く同じであるが、CL画像があったので参考。露出不足でちょと厳しい。

 

1983/07/23 飯田線 中部天竜、クハ47009/クモハ53008

 同じく第二エンド連結面側の3位側から。同じく連結面通風機が確認される。

 

1981/07/26 飯田線 辰野、236M 沢渡行、クモハ53008

  クモハ53008←43040(1937年製)

 運転席窓上の通風機や、助手席窓上の運行窓等は、塞がれていた。

 

 これまで、最末期1983年頃の伊那松島機関区所属の48両を順にアップしてきました。

あとは、クモニ13/83等ですが、これが思ったより困難で少し時間がかかりそうです。

それに番外車両などを追加で、一旦区切りたいと思います。

 その後は一度画像の再整理と、画像改善等のレベル向上などを考えます。

 旧型国電では、飯田線の1978年の半数置換以前や、他の線区なども想定します。

あるいは、旧型客車や気動車等を順不同で、今度は少しずつアップしたいと思います。

 

 どうかよろしくお願いいたします。

 

 

  参考:旧型国電車両台帳、国鉄電車の歩み(30系から80系まで)、

     国鉄電車ガイドブック 旧性能電車(上)、飯田線の旧型国電 増補版

     時刻表 1982/09、他