小郡(現新山口)—米子、鳥取間を山口線経由で走り、陰陽連絡特急の一角として2001年まで活躍したキハ181系「おき」。その後2003年12月に、山陰本線京都—益田間の開通80周年を記念してリバイバル運転されました。

 

 

山口線の撮影名所・大山路を行くキハ181系「おき」のリバイバル列車。普段はSLやまぐち号を見送る場所ですが、気動車特急はさっそうと通過していきました=宮野—仁保

 

 

 

リバイバル運転は2003年12月6〜7日に「まつかぜ」(新大阪・大阪—米子)とセットであり、「おき」はキハ181形の間にキハ180形が入る3両編成で、初日は米子16時7分発〜新山口22時ちょうど着、2日目は新山口10時37分発〜米子16時21分着で運転されました。

 

キハ181形に国鉄時代(昭和50年代)の文字マークが掲出されたほか、車内では記念乗車証の配布や特製弁当、グッズの販売があるなど、結構力の入ったイベントだったようです。



台紙付きの2枚組で販売された記念オレンジカード

 

 

 

私はこのキハ181系「おき」のリバイバル運転を、山口線内で見送りました。

 

昭和50年代の文字マーク掲出当時は小学生。武骨な「顔」に大きなエンジン音…日頃接しない気動車特急は子どもにとってちょっとした衝撃でした。ただ、その頃はカメラを使い始めたばかりで、写真はあまり撮っていませんでした。

 

そのせいか、このリバイバル「おき」の撮影は、当時の忘れ物を取りに行く感覚で、19年ぶりに見る文字マーク姿は感激でした。


近年は国鉄車両自体が少なくなり、往時を再現するのはだんだん難しくなってきました。いま20年前のリバイバル「おき」を振り返ると、鉄道ファンとしてはぜいたくな企画でした。

 

 

 

 

※姉妹ブログ「歴鉄2番線」では、キハ181系特急「おき」が担った役割や思い出について書いてみました