兄の三回忌を迎えイスラエルから帰国してた長女が出張先の鹿児島から名古屋の実家まで駆けつけてくれました。そんな日に母がケンタッキーフライドチキンを食べたいとのことで、実家から割と近いKFCヨシヅヤ名古屋名西店へ来てみました。まだ新しいお店で購入はセルフサービス、代金を支払い商品を受け取る最新のシステムでした。商品を待つ間、壁に掲げられたこのプレートを見て、私の錆びついた記憶がギシギシと音をたてるように蘇りました。

KFC国内1号店発祥の地。いや、正しくはここヨシヅヤではなく、同じ名古屋市西区ながらここからやや離れた地下鉄鶴舞線庄内通り駅に近いダイヤモンドシティこそ、ケンタッキーフライドチキンが初めて出店した場所でした。当時の記憶が帰ってきました。

一度くらいは母にねだって買って貰ったでしょうか。ずいぶん高価な買い物だったと思います。1970年といえば大阪万博、東海道新幹線が開通してもまだ蒸気機関車が各地で活躍した時代、西区庄内通りは私にとって三丁目の夕日の街、ダイヤモンドシティに忽然と誕生したケンタッキーは憧れでしかありませんでした。やがてこの洒落たお店は姿を消してしまいました。いま87歳を迎えた母がケンタッキーを食べたいとの思いは、あの日、息子たちがねだったときの記憶が忘れられないのかもしれません。