鶴見線もダイヤ改正から、満を持してワンマン運転が開始された。
かたや武蔵中原に残る205系T15編成は広告が外され、名実ともに営業を終えたようだ。
そして先日郡山に配給輸送されたT14・T18編成は、解体作業が開始されているとの由。
もうこの光景は戻らない。
このシリーズ、誤算だったのはダイヤ改正前に完結する予定だったのに、というところ。
2月末に体調を崩し休んだ影響が、まだ引きずっている。
書きたいことはたんまりあるので、気長に。
浅野駅近くで撮影し、また会った友人としばし談笑し、共にT17編成を出迎え。
ただ、今だから言えるがこの場所での撮影はNGだったようである。
このダイヤ改正で職場を失った車掌氏も、どことなくピリピリしていた様子が伺えたのだった。
その後は友人とゆっくり乗りながら移動。
友人は国道駅で降りたが、自分はそのまま移動。
この日は初の鶴見駅へ。
といっても、晴れ過ぎていて冬の太陽光に翻弄。
もうあらかた撮り尽くしたので、細かいところを眺めつつ…
見送る。
そして、昼食と気分転換を兼ねて向かったのは
武蔵中原。
前日の入換作業に続いて、2日連続の訪問。
前日の撤収後、さらなる入換によりT14編成とT18編成が中原支所16番線に移動。
ここからさらに半月余、この2編成は武蔵中原に留まった。
そして、2日の武蔵中原、5日の国府津での有料撮影会を経て郡山へ廃車回送。
波瀾万丈な約39年の活躍に幕を下ろした。
T18編成については、この時には通電状態で留置されていた。
この日は構内移動はなく、車両洗浄で移動してきたE233系と並ぶ場面があったのみ。
そして運命の廃車回送を宇都宮線内で捉え、この2編成と永遠の別れとなったのである。
そしてまた鶴見に戻り、T17編成追いを再開。
いよいよ、鶴見線内での最後の記録を始める。
山手線での出会いから四半世紀超。
いよいよ、大きな区切りへ。