鉄道公安官物語 第24話
さて、新しい恋の予感を感じた、彼女は路面電車が通る比較的広い道を歩きながら実家のある黒江に向かって歩き始めたのですが、彼女が再び白根と再会するのはもう少し先のことですので今日は、白根たちが乗務した列車の方を見ていきましょう。
時刻は、ただいま1時半、御坊を発車した列車は安珍、清姫の説話で有名な道成寺を通過し印南(いなみ)まで歩を進めていました。
和歌山では、印南を過ぎれば紀南と呼ばれており、和歌山市内を中心とする紀北とは違う文化圏との位置付けがされています。
実際に、方言も気質も紀北地方と紀南では全く異なり和歌山県人同士でも言葉が通じないこともあるくらいです。
さて、天王寺発車から2時間半、寝台車まで一通りの巡回を終えた二人です。
ここで、当時の寝台車の雰囲気を思い出すままに、白根の目で語ってもらいましょう。
当時寝台車は2両連結されており、貫通路に書かれたB寝台というドアを開けると出入り口今までとは違う雰囲気が。片側に寄せられた通路と3段になったベッドが圧迫感すら感じさせます。
白根たちは、出来るだけ静かに歩きます、いびきが聞こえる区画もあれば、時々行儀の悪い足がベッドからはみ出していたり。
この頃連結されていたのは、オハネフ12と呼ばれる軽量車両で、スハネ16という(こちらは、古い客車の台枠を使って車体を新造したタイプ)でどちらも冷房化されており、まだまだクーラーが普及していない当時にあっては、夏場でも快適に過ごせるわけで、ひんやりとした風が白根たちを迎えてくれるのでした。
「寝台車自体は、上段の通路側が荷物棚となっており通路の天井は若干低めになっている。
この構造は、戦前の寝台車スハネ30から取り入れられた方法で、寝台車の特徴となっている、しかし、スリは油断ができない。」
先輩の涌井が、白根に諭すように話します。
白根も、雑誌などで寝台車の構造は知っていたとはいえ実際の運用中の寝台車を見るのは初めてですから興味津々です。
さらに、涌井の解説は続きます。
「まして寝台車の場合はみんなが寝ているので、逆に上着などからこっそりというのは比較的簡単なことだからな。」
そう言うと、一度は通りすぎた寝台車に、涌井は足を向けるのでした。
訝しむ、白根でしたが、そのままついていく白根。
実は、涌井の直感と言うのか公安官としての勘だったのです。
涌井の判断は正しかったのです、寝台車の通路に一人、中年の男が立っていたのです。
時間はまもなく深夜2時、和歌山県第2の都市、田辺市に到着する頃でした。
一人の男が寝台車のデッキで立っていました。
どうも怪しい、そう思ったのでしょう。
聞けば、この駅で降りるのだという、しかしどうしても疑念は晴れない一度は通りすぎた寝台車に。
服装といい、そわそわした態度といいどうもおかしいのです。
田辺で降りる客の場合、一般には高価な寝台車など使わずに座席車を使う場合が多い。
場合によっては、後から来る急行のグリーン車を利用するほうが安くて快適な場合が多いのです。
涌井は直感的に、この男は窃盗犯ではないかという疑惑を持つのですが、残念ながらその証拠がありません。
まして、この男は田辺駅で降りるという、田辺駅までの切符も持っているし、寝台券も持っているという、疑い出だしたらきりが無いのですが、どうも疑惑は晴れません、まして田辺駅到着まであと10分しかありません。
男は、田辺の出身だと言う、涌井も田辺の出身であったためカマをかけてみることにした。
まったく、でたらめな話しをでっち上げて、それがとても有名な場所で田辺市民ならみんな知ってる場所だと話したのだ。
本当に、田辺出身の人間であればすぐ嘘だと気づくのですが、その男はまんまと、涌井の仕掛けた罠にはまったのです。
「ああ、そうですね。有名ですよね。」
「私も、昔はよく遊びにいったものですよ。」
涌井は、確信しました、この男は嘘をついていると。
涌井は、白根に目配せするとともに、車掌に伝えるようにサインを送るのでした。
白根は、涌井のサインを見落とすことはありませんでしたので、そっと離れると車掌室のドアをノックするのでした。
さて、この続きは明日にでもさせていただきます。
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