みなさんこんにちは。前回からの続きです。
来月16日の「北陸新幹線 敦賀〜金沢間開業」と入れ替わり、長年親しまれた在来線特急が姿を消す、敦賀から先の「北陸本線」。

全国的にも稀少な「特急街道」を最後に味わいたいと、大阪発「特急サンダーバード」に乗り、昨年11月に石川・金沢周辺をさまざま日帰り乗り鉄した際の道中記をお送りしています。


ただいま、早朝の「大阪駅(大阪市北区)」。

すでに入線している、始発の「サンダーバード1号」に乗り込むだけなのですがその前に、アルバムを繰って見つけた30年以上前の、大阪駅にまつわる写真を見てまいりたいと思います。


写真に裏書きされていた日付けは、1991(平成3)年4月。記憶を辿りますと、わたしが中学校に入学した直後。ようやくにして、電車に乗ってのひとりでの外出を親に許可されて、あちゃこちゃ乗り撮りしまくりはじめた頃でした。


いまから33年も昔、いまから考えると旧国鉄の雰囲気があちらこちらに、それもふんだんに残っていたことが懐かしいものです。

アルバムはなぜか同志社前(京都府綴喜郡田辺町、現在は京田辺市)のショットからはじまっていました。


本題の「大阪駅」。ホーム全体を覆う大屋根など想像もつかなかった頃ですが、この駅を発着する特急列車が目当てだったよう。

ちょうど「特急はまかぜ」が入線して来ます。


背後の阪急うめだ本店も、建て替えられる前のクラシックなデザインが懐かしいのですが、その奥にあるこのビル。ここには「旭屋書店本店」が入っていました。

上階には鉄道専門のフロアや「マッハ模型」という、有名な鉄道模型店が入居していました。わたしにとっては「梅田に行く=旭屋書店」でしたが。いまはどちらも閉店してしまいました。


その3番線から。北陸方面から「雷鳥号」が到着したばかり。後進に「サンダーバード号」という垢抜けた列車が登場するとは、想像だにしなかった頃。

北陸のみならず、東北や関東、九州方面など広く活躍していた、旧国鉄時代からの「485系」という、この車両が主役でした。当時は当たり前に見かけたものでしたが、ヘッドマークも塗色も、いまからですとたまりません。



これをリニューアル、改造した「スーパー雷鳥号」もこの2年前、1989(平成元)年春にはすでにデビューしていました。いま見てもかっこいいものです。

前面展望が楽しめるというこのパノラマグリーン車は、まさに垂涎の的でした。


南隣の1・2番線、その向こうは環状線のホーム。番線表示はなく「環状内回り・外回り」とだけ呼称されていました。

オレンジ色の「103系」が見えるのもうれしいのですが、当時はやはりこれも当たり前に走っていたもの。むしろ「103系」ばかりやって来るので飽きるほどだったことを思い出します。


ところで、くだんの旧国鉄塗装の「雷鳥号」にはこのボンネット形車両も存在していました。

先ほどと同じ「485系」ですが、さらにひと昔前という印象がして、大好きでした。


いまは「サンダーバード号」のみですが、大阪発の北陸特急というと、前身の「雷鳥号」が主。新幹線は開業していなかったので金沢・富山ゆきが中心ですが、一日数往復は新潟駅まで長駆、足を延ばすものもありました。


ちなみに直江津(新潟県上越市)から先は「JR東日本」になるため、異なるリニューアルが施された同社の車両が大阪までやって来ることもありました。「はつかり号」として盛岡にて。


さらにそれより遥かに遠征する「白鳥号」も大阪駅発着だったことを思い出します。

日本海に沿う本線の数々をひたすらなぞり、新潟より先の山形、秋田、青森に至るもの。


いまとなっては信じられませんが、それだけの長距離を走破するのに、夜行列車ではなくて昼行特急だという(夜行はちゃんと別に「日本海号」「つるぎ号」などがありました)。

車両は「雷鳥号」と同じ「485系」。
2001(平成13)年3月に廃止。金沢にて。



駅の雰囲気もさることながら、シャッターを切っていた車両となると、いまはすべて姿を消してしまったものばかりです。わたしも年を重ねているのだななどと感じるのですが(苦笑)



京阪神間の新快速専用車両としてデビューしたこの「117系」。ゆったりした車内の設えに、ふかふかした座席が好きなものでしたが、これもいつでも乗れるからなあなどと思っていましたら、昨春、関西から引退してしまいました。

晩年、京都地域色に塗られた姿。京都にて。



しかし思えば「北陸本線」や「信越本線」も新幹線の開業で、特急が走らない第三セクター会社に転換された区間が延びました。

このような長距離列車があまねく廃止されてしまい、さらに「本線」というものも切り刻まれたかのようで。



今度は「北陸新幹線敦賀開業」で「北陸本線」も縮小し、「サンダーバード号」も今春には敦賀までになり、です。余談でした。高岡にて。



拙いながらも記録をしていて良かったなと感じますが、ひと昔前の特急列車というと、いまより遥かに風格があったのだなとも感じます。

さらに、次回に続きます。
今日はこんなところです。