分析の概要

 

前回の記事では、後発路線(既存の鉄道網の中で、後から建設された路線)の例として、JR埼京線(大宮~赤羽間、1985年開通)と埼玉新都市交通(ニューシャトル、1983年開通)をとり上げました。

そして、両路線から乗換駅でない駅(単独駅)を取り出し、「他路線の最寄駅からの距離」と「鉄道需要・乗車人員比」について比較しました。 


その結果、「他路線の最寄駅からの距離が遠いところにある駅ほど、鉄道需要・乗車人員比が大きくなりやすい」という傾向が読み取れました。

 

 

今回の記事では、分析対象として、東京近郊圏からより多くの後発路線の駅を集めるとともに、数理的な分析によって、「他路線の最寄駅からの距離」と「鉄道需要・乗車人員比の大きくなりやすさ」を、定量的に評価する方法について検討します。

 

  用語の振り返り

 

本ブログでは、新たな指標を設定して分析を進めている関係で、独自の用語が増えてきました。

そこで、本ブログで使っている独自用語や指標を再掲することとします。

 

住勤鉄道需要

ある地域における、居住人口やその年齢・職業の構成、従業者数を考慮した、鉄道交通の(潜在的な)需要の大きさを表した指標です。居住人口や従業者数が多い地域ほど、また、居住人口のうち鉄道の利用機会が多い現役世代(特に会社員など)の割合が高い地域ほど、数値が大きくなります(詳しい算式や考え方は、過去の記事を参照ください)。

 

鉄道需要・乗車人員比

ある鉄道駅における、周辺地域の住勤鉄道需要に比した実際の乗車人員の多さを表した指標です。

乗車人員を、「駅から半径1km圏内の住勤鉄道需要の合計」で割って算出します。「周辺の居住人口や従業者数の割に、実際の乗車人員が多い」駅ほど、数値が大きくなります。

 

  分析対象とした路線と駅

 

ここでは、東京近郊圏の中から、「後発路線(※)の単独駅」を念頭に、おおむね下記の条件に当てはまる路線や駅を選び、分析対象としました。

 

  • おおむね、1975年以降に開通した区間の鉄道駅であること(一部例外あり)
  • 普通鉄道・モノレール・新交通システムなどであること(路面電車やケーブルカーなどを含まない)
  • 東京都心部(おおむね旧東京15区圏内)を除く近郊にあること
  • 乗換駅でないこと

 

…後発路線のみを対象とするのは、この分析が、「既に多数の鉄道路線がある埼玉県において、さらなる後発路線の新設が望まれる地区」の抽出を目的としているためです。

 

すべてを網羅しているわけではありませんが、上記の要件に当てはまるものとして、以下の路線や区間の駅を抽出しました。

 

表 分析対象とした鉄道路線・区間

 

次に、鉄道需要・乗車人員比が外れ値的に大きい駅として、

 

  • 「同じ路線内における各駅の鉄道需要・乗車人員比の平均」をμ、標準偏差をσとおいた時、鉄道需要・乗車人員比が「2.5μ以上」で、かつ「μ+2.5σ以上」の駅

 

を除外しました。除外対象となった駅は、以下の通りです。

 

表 外れ値として除外した駅

 

結果、今回の分析では、19路線・179駅が分析対象となります。

 

  179駅の「距離」と「鉄道需要・乗車人員比」の分布

抽出された179駅の「他路線の最寄駅からの距離」と「鉄道需要・乗車人員比」の分布を見ると、以下のようになります。

 

図 「他の路線の最寄駅までの距離」と「鉄道需要・乗車人員比」の分布

 

やはり、他路線の最寄駅との距離が離れるほど、鉄道需要・乗車人員比は大きくなる傾向にあります。

また、前回の記事では、JR埼京線の駅と埼玉新都市交通(ニューシャトル)の駅との間で、鉄道需要・乗車人員比の水準が大きく異なることを指摘しましたが、:普通鉄道(地下鉄を含む)と:モノレール等(AGT=いわゆる「新交通システム」を含む)との比較でも、鉄道需要・乗車人員比の水準が大きく異なることが確認できます。

 

加えて、鉄道需要・乗車人員比は、「他路線の最寄駅からの距離」だけではなく、「どの路線の駅であるのか」にも大きく影響されることを、十分に考慮した方がよさそうです。

 

そこで、分析に当たっては、このような「鉄道路線による乗車人員の多くなりやすさの違い」を考慮した、回帰モデルを構築することにします。

 

  検討した回帰モデルの基本形

 

ここでは、上記で抽出された駅の乗車人員について、「鉄道路線による乗車人員の多くなりやすさの違い」を考慮した回帰モデルとして、以外の式を立てました。

 

なお、ここでいう「 住勤鉄道需要 」は、正確には、「当該駅から1km圏内の住勤鉄道需要の合計」を指します。また、 乗車人員 は、(コロナ禍前の)2019年度の数値を用いています。

 乗車人員 = 定数 × 住勤鉄道需要 × 路線別係数 × 関数f(d) × 誤差項

 

この式の両辺を 住勤鉄道需要 で割ると、次のような式となります。

 

 乗車人員 ÷ 住勤鉄道需要 鉄道需要・乗車人員比 = 定数 × 路線別係数 × 関数f(d) × 誤差項

 

 路線別係数 」や「 関数f 」は、それぞれ以下の事柄を指します。

  •  路線別係数   …… 鉄道路線ごとの、乗車人員の多くなりやすさ を示す数値です。便宜的に、ここではJR埼京線の係数を1.0とおきます。そして、 各路線の駅の鉄道需要・乗車人員比が、JR埼京線の駅の何倍であるかが、その路線の係数となります。係数には、路線ごとの「大きな交通需要のある地域(東京都心部など)への直結性」「速達列車の有無」「駅間の長さ」「運賃水準」「開通してからの年数」などの違いが反映されると考えられます。
  •  関数f  …… 「他の路線の最寄駅までの距離」を入力した時に、「その距離にある駅の乗車人員の多くなりやすさ」を出力する関数を示します。例えば、f(3000m) が f(1000m) の2倍である時、他の条件(路線や住勤鉄道需要)が同じであれば、他の路線の最寄駅から3000mの所にある駅は、1000mの所にある駅より、(理論上)2倍の乗車人員がいることを示します。
また、「誤差項」には、次のようなものが織り込まれているものと考えられます。
  • 誤差項  …… 「近隣に住民や従業者以外の人も来るような集客施設や商業施設がある」「速達列車が停車する」「(当該路線内の平均的な水準に比べて)隣の駅までの距離が長い」「バス路線が多く集まっている」場合などに、大きく(1以上に)なりやすいものと思われます。
 

  次回と次々回の記事では、関数fについて検討

 
今回の分析の主目的は、「他路線の最寄駅からの距離」に応じて、鉄道路線・乗車人員比、ひいては乗車人員が、どのように増減するのか、を明らかにすることです。
それはすなわち、距離と鉄道路線・乗車人員比との間の関係を表した 関数f をグラフにした時に、グラフがどのような形となるのか、を明らかにすることでもあります。
 
次回と次々回の記事では、距離に関する 関数f について検討し、実際に回帰分析を実行して、グラフ化することとします。