朝ごはん!
市電で五稜郭公園へ
朝ごはんを食べたあと、ホテルを出発!
去年の9月もここで降りましたね~
五稜郭公園前で路面電車を降りて、しばらく歩いていきます。
すると…
五稜郭を上から
さっそく入場券を購入して、エレベーターで地上90mの展望台まで。
到着!
ついに五稜郭を上から見下ろすときがやってきました。
これが五稜郭です!
ひと目見たら忘れられない星型の城郭が市街地の真ん中に巨大な存在感を放っています。
函館開港に伴い外国船が多数入港するようになったけとから、箱館奉行所を外国船の脅威から守るために築かれた城です。
星型をしているのは当時入港していたフランス軍艦の乗組員からの情報を元に西洋の城郭都市をモデルとしたため。
幕末、榎本武揚率いる旧幕府軍と新政府軍が戦った箱館戦争の舞台となったことでも有名です。
こちらは建築当時の五稜郭を再現した模型。
真ん中にいくつもの建物が建っているのが見えます。
これが箱館奉行所。
後に解体されましたが、一部が復元されていて、その建物を上から見下ろすことができました。
五稜郭以外にも見えるものはいっぱい。
他の方向を見てみると…
市街地の向こうにそびえる山。
函館山です。
その頂上にある送信設備。
ここからの夜景は函館観光の代表です。
以前見たことがありますが、光り輝く街並みはとっても綺麗でしたね〜
南に目を移すと、海の向こうにうっすらと陸地が。
こちらは本州・青森県の下北半島。
函館から下北半島までは30km弱とかなり近いです。
港のほうに目を向けると、1988年まで使われていた青函連絡船摩周丸が。
今は記念館として公開されています。
訪問記はこちら↑
少し離れた場所には津軽海峡フェリーの船が停泊中。
青函フェリーと合わせて連絡船廃止後の航路を担っています。
足元に目をやると…
地面までシースルー!
ちょっとしたスリルポイントです。
さて、五稜郭タワーの見どころは景色だけではありません。
五稜郭を背に座っているのは土方歳三の銅像。
新選組の副長で箱館戦争に参加し、戦死したことで知られています。
ここ展望台ではその箱館戦争の歴史がフィギュアで再現されていました。
ちなみにこちらは五稜郭の濠から天然氷を切り出しているところ。
切り出された氷は「函館氷」として特産品となっていたようです。
五稜郭タワーではその函館氷……ではなく、ソフトクリームが販売されていました。
その名も「新選組ソフト」。
新選組をイメージしたラムネソフト。箱館戦争に想いを馳せながらいただきました。
箱館奉行所
濠を渡り、五稜郭の中へ!
上から見るときれいな星型だった五稜郭ですが、下からだとよくわかりませんね。
五稜郭の中央にあるのが先ほど上から見たこの施設。
箱館奉行所です。
開港した函館の街を統治するために江戸幕府によって設置され、1864年の五稜郭建設とともにこの場所に移転してきました。
その歴史は案外短く、1868年には大政奉還により新政府に移管され函館府庁舎となり、さらに同年旧幕府軍によって占拠。戦いのあと、資材とするために1871年に解体されてしまいました。
建物としての歴史はたった7年で幕を閉じることになったのです。
現在ここにある建物は復元されたもの。
復元完成が2010年…ということは、あと少しで復元されてからの年数が、オリジナルが存続した年数の2倍に達しようとしています(笑)
現在は資料館として使われているようなので中を見ていきます。
まず現れたのは畳を開け放つと72畳の広さになる大広間。
その一番奥、壹之間は箱館奉行が接見に使用した部屋。
幕府から新政府への引き継ぎが行われたのもこの場所だそうです。
その奥にある表座敷は奉行の執務スペースでした。
そのお隣は武器置所。
横にはトイレも設置されています。
さらに進むと、今度は歴史解説コーナー。
貴重な展示品を交えながら五稜郭と箱館奉行所の歴史を知ることができました。
続いてこちらは太鼓櫓。
外から見えていた特徴的なやぐら部分がここです。
登ることはできないようで…ちょっと残念。
さらに進むと、なぜか地面に白線で区分けされている場所が。
実はここにも奉行所の建物が続いており、ここも復元しようとしたそうですが、建築基準法の兼ね合いから断念したのだとか…
ということで箱館奉行所の見学はここまで。
函館観光はまだまだ続きます。
★乗車データ
函館市電 5系統 湯の川行き 函館駅前(10:11)→五稜郭公園前(10:26) 3000形 3002
※2022年10月23日乗車
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