日豊本線宮崎電化が約2か月後に迫った1974年2月11日の記録です。
幸崎駅まで電化されており、ここから先が非電化区間でした。
しかし、電化間近になると電気機関車による試運転が頻繁におこなわれていました。
本命の貨1563レが来る前の客543レがED7646+DF50の重連でした。
DF50の前にED76が付いた重連は多く見られました。
大分駅~南宮崎駅間の撮影地と言ったら宗太郎峠がありましたが、
秘境駅でしかも撮影効率が悪く結局1度も撮らず仕舞いでした💦
その他の場所で煙を期待するとなると、
駅の出発か上り勾配の場所を探すしかないのです。
特に貨1593レは大分駅を出発すると臼杵駅まで時刻表上ではノンストップ。
下り列車に対する上り勾配を探しました。
SLダイヤ情報より
幸崎駅~佐志生駅間で15.2パーミルの上り標準勾配があるのが分かりました。
幸崎駅から線路沿いに国道が走っており歩いて探しました。
緩やかなS字カーブになっており、蒸気を上げて軽快に通過して行きました。
D51の前に電気機関車が付いて来るのではないかと恐れていたのですが良かったです。
私が撮影した範囲では電気機関車がD51の前位に付いて来る事はありませんでした。
D51541九州一筋、正統派D51と言った感じで好きなカマでした。
PS.
自家現像が祟ってか、相当フィルムの劣化が進んでおります。
酢酸臭が酷く、フィルムが溶けだしているのもあります。
少しずつでもスキャナーで取り込んで、
ブログにアップ出来る状態まで持って来たいと思います。
前の記事を複製して新しくブログを書くことが多々あるのですが、
アップ時間を修正せずに保存してあったところ、
予期せず時刻にアップされてしまったようです。
再掲いたします。