約2週間にわたって綴り続けた「8時間40分の鉄旅」シリーズも今回で最終回となります。
糸魚川駅に到着しました。
向こうに停車しているのはJR西日本大糸線の気動車キハ120形です。
大糸線は内陸部の長野県の松本駅から日本海側の新潟県の糸魚川駅を結ぶローカル線で、長野県松本市の松本駅〜長野県北安曇郡小谷村(きたあずみぐんおたりむら)の南小谷駅までがJR東日本、南小谷駅〜新潟県糸魚川市の糸魚川駅までがJR西日本の管轄となります。
国鉄時代やJRとなってから初めのうちは松本〜糸魚川間を直通する列車も存在しましたが、平成7年(1995年)に東北地方から北陸地方を襲った豪雨災害により沿線の姫川が氾濫し、大糸線も橋脚流失や路盤崩落など被災して長期運休を余儀なくされてしまいました。
国鉄時代から松本〜南小谷間は電化されており、東京の新宿駅から急行「アルプス」が白馬•信濃森上•南小谷まで直通運転されていましたし、一部の特急「あずさ」も多客期には白馬まで延長運転されていました。
私が中学生の頃、狩人の「あずさ2号」が大ヒットしましたが、この列車が歌詞にある「8時ちょうどのあずさ2号で•••」で、普段は松本止まりの列車が多客期に白馬まで延長運転される列車だったことを覚えています。
その後昭和53年(1978年)10月のダイヤ改正で国鉄の優等列車の愛称名の後ろにつく○号の数字が「下りは奇数」「上りは偶数」となり(列車番号そのものはもともと下り奇数•上り偶数でしたのでこれに合わせる形となりました)、「あずさ2号」は「あずさ3号」になってしまいましたが•••。
その後、国鉄の施策で急行列車の特急格上げにより急行「アルプス」も多くが特急「あずさ」化されたので南小谷まで行く「あずさ」も誕生して今日に至っています。
南小谷駅以北は非電化なので気動車急行として新宿〜糸魚川間を直通する急行「アルプス」が存在していた時期も国鉄時代にはありました。
また、金沢駅から北陸本線内を金沢〜秋田•青森間を結んでいた急行「しらゆき」と糸魚川駅まで併結して走り、糸魚川駅から大糸線を南下する急行列車「白馬」という列車も存在していました。
しかし、前述の豪雨災害以降は大糸線が全面復旧してからも松本〜糸魚川間を直通する列車は復活することなく現在に至っています。
また、沿線に有名なリゾート地を抱えて沿線人口もそれなりの数がある南小谷以南と比べて過疎化が進む南小谷以北では利用客の数も列車の運転本数も極端に違っていて大糸線北部区間は存廃問題も浮上しています。
北陸新幹線金沢延伸により北陸本線の金沢以北が第3セクター化され、北陸地方の支線がJR西日本にとって「飛地」となってしまっていること、そして来春には新幹線が福井県の敦賀駅まで延伸することで北陸地方のJR線はJR西日本にとって大きな足枷となることは間違いなく、富山県内の氷見線や城端線はJRから経営分離してあいの風とやま鉄道が受け入れを検討するなど大糸線南小谷以北にとっても目を離せない状況が続くことになります。
糸魚川駅では下りの急行3号で途中下車して糸魚川市内を観光してきた「はやぶさこまち」さんが再び合流してきました。いろいろと興味を持っていたとのことでそれほど滞在時間が多くなかったにもかかわらずあちらこちら歩き回ってこられたとのことで行動力に脱帽です。
私は幼い頃から信越国境には縁があるので長じてからもドライブなどで糸魚川にはよく来ているから下車せずにこの列車の「完乗」をしましたが、もしあまり来ることがない町だったら私も途中下車して同行していたかもしれません。
糸魚川駅からは急行4号となってラストスパートをかけるわけですが、終点の直江津駅までノンストップで走ります。
この列車のコンセプトでもある「急いで行かない列車•••急行列車」ではなく、本来の意味での急行列車らしい走りっぷりを披露してくれます。
急行1•2•3号では列車によって途中の有間川•名立•能生といった駅に運転停車して10分前後の停車時間も設けていましたが、この急行4号だけはこの車両の出自である急行型電車としての現役時代を彷彿とさせる走りを見せてくれます。
このシリーズ最後の動画は有間川駅〜谷浜駅を通過して終点の直江津駅に到着するまでの間を編集しています。
直江津駅に到着しました。
8:43直江津〜妙高高原〜直江津〜市振〜直江津〜市振〜直江津17:23という8時間40分の鉄旅が終わりました。
内外装にさまざまな意匠を凝らした観光列車とは違って昔の国鉄急行列車の雰囲気を楽しんだ旅はとても楽しいものでした。
余談となりますが、今回の乗車のきっかけを作ってくださったともいえる「はやぶさこまち」さんに急行4号で有間川駅付近を走行中に車窓の夕日を眺めながら
「今頃の時期は信越線の特急『しらゆき7号』を日本海に沈む夕日と絡めて撮影しによく米山から鯨波の間に出かけるんです。一昨日は笠島駅に出かけて撮影しました」
と話したところ、当初は上越妙高駅から北陸新幹線で帰る予定を変更して直江津駅で切符を買い求め直して直江津駅から「しらゆき7号」に乗車して長岡経由で上越新幹線でお帰りになったそうです。
「きれいな夕日を見ることができました」
とのメッセージを頂き、よかったと思いました。
最後に以前もアップしましたが、その「一昨日笠島駅で撮影した『しらゆき7号』の動画」を貼り付けるとともに今回の旅のきっかけを作ってくださった「はやぶさこまち」さんに楽しい旅の同行をさせていただいたことをこの場をお借りして感謝申し上げます。