『関東大震災と鉄道』 | 書斎の汽車・電車

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 先日、関東大震災から100年ということで、地震発生の9月1日11時58分32秒に、『東京市電気局震災誌』をご紹介しましたが、正直のところ入手容易な本とはいえません。

 そこで今回は、関東大震災と鉄道の関わりについて、もう少し入手しやすい本をご紹介しようと思います。

 内田宗治『関東大震災と鉄道』(ちくま文庫)です。

 

 本書は平成24(2012)年に新潮社から刊行されました。それが今回、大震災100年の年に、ちくま文庫の1冊となったものです。

 まず第1章「根府川駅大惨事」では、大震災で最も大きな被害を受けた列車である熱海線(現在の東海道線、当時は国府津と真鶴の間が開業)の109列車を襲った悲劇をクローズアップしています。なにしろ列車が、根府川駅の施設もろとも、山崩れのため海中に転落したというのですから、数少ない生存者の証言は衝撃的です。

 第2章「巨大ターミナルと群衆」では、舞台を東京駅と上野駅に移し、大地震とその後の大火災に鉄道員たちがどのように立ち向かったのかが活写されています。

 第3章以降は、震災による被害の全体像を紹介しています。まず第3章「急停車した列車の運命」では、最初に地震発生時に運転中だった125本の列車の被災状況を紹介しています。やはり東海道線(現在の御殿場線を含む)、熱海線の被害が大きかったようですが、横須賀線や北条線(現在の内房線)も激しい揺れに見舞われています。

 この章ではさらに、鉄道施設(線路、橋梁、隧道など)、駅、機関庫などの状況も触れられています。また本書の叙述はどうしても国有鉄道中心になっていますが、私鉄についても記述があります。そして、関東大震災でも津波が襲いましたが、不思議と鉄道については被害は余り多くなかったようです。

 第4章「通信と報道」は、鉄道電話の寸断と復旧、新聞記者が鉄道の不通のなかでどのようにして大阪へ向かったかが描かれています。続く第5章「猛火との戦い」、東京市内では地震の揺れもさることながら、その後の火災による被害が大きかったわけで、この章では、関係者の奮闘で何とか守られた東京駅と、上野駅を初めとする全焼した駅、施設の様子が描かれます。また、当ブログで前にご紹介した東京市電を巡る被害状況も紹介されています。さらに、東京市内よりも大きな被害のあった横浜市内の被害についても詳しく述べられています。

 第6章「避難列車」では、被災民の列車による避難の実相と、震災被害からの復旧過程が扱われています。特に、関釜連絡船の船舶が救援物資を積んで大活躍したエピソードは、機会を改めてご紹介したいところです。

 

 本書は、鉄道省が編んだ『国有鉄道震災誌』などを軸に、被災した関係者の証言なども加えて、関東大震災と鉄道の関わりについて多角的に紹介しています。特に印象的なのは、現場の鉄道員たちの(上からの指示を待たない)とっさの判断が、多くの人の命を救った事例が多かったことです。著者も述べられていますが、鉄道のハード面は100年前とは比べものにならない進歩を見せているとして、さてソフト(人的要素)はどうか?将来発生が懸念される大地震に、鉄道と鉄道員そして乗客はどのように対処するのか、本書にはそのためのヒントがたくさん詰まっていると思います。