唐津車両センター所属103系1500番台電車のE12編成に、このほど施されました「国鉄塗装」となりました姿に関しましてご紹介しておりますが、前回は去る8月1日に行われました、小倉総合車両センターから西唐津駅・唐津車両センターへの配給回送の模様を、西唐津駅で収めていた話題をご紹介しておりました。
このE12編成は、筑肥線の電化開業40周年を記念して復刻塗装されたものでしたが、この「国鉄塗装」は、電化開業されました昭和58年より平成初頭まで見られていた塗装でありまして、平成初頭からもわかりますようにJR化後も見られておりましたが、その後順次水戸岡鋭治氏デザインのカラーに全54両が変わりまして、姿を消しておりました。
そして、この間に305系電車の導入によりまして6両固定編成が姿を消しましたが、3両固定編成は現在も5編成15両が残っておりまして、今回そのE12編成が「国鉄塗装」化されておりまして、電化区間西側の西唐津・唐津~筑前前原間で運行されております。やはり、国鉄→JRとこのカラーが見られておりましたので、その復刻した姿が見られて良かったと思っておりますし、それに加えまして懐かしさも込み上げる所でもあります。
さて、今回ご紹介しますのは、私が所蔵します昭和58年国鉄発行のポケット時刻表より、この当時の筑肥線(西唐津・唐津~博多間)の時刻表、そして運行開始前後の姿を各駅で収めておりましたので、皆様にご紹介してまいります。
まずは昭和58年国鉄発行のポケット時刻表からご紹介します。先述のように、筑肥線は昭和58年3月改正で西唐津・唐津~姪浜間で電化開業、そして虹ノ松原~東唐津(旧駅)~山本間、姪浜~小笹~博多間が廃止されまして、姪浜~博多(仮)間では福岡市交通局(福岡市地下鉄)1号線(現・空港線)と相互乗り入れも果たしておりまして、唐津~前原~福岡間の運行形態も大きく様変わりするに至っておりました。
そんな大きく様変わりしました筑肥線の内容が入っている時刻表がこちらになりますが、これまでも様々な参考資料としてこの時刻表を使用しておりますが、表紙は103系1500番台電車であります。
この時刻表を見ますと、もちろん国鉄時代ですので、塗装もスカイブルーの「国鉄塗装」、そして「JNR」のロゴが見えるのがわかります。また、編成はその下の画像から現在は305系電車に置き換わった事で廃車となりましたE05編成のようでありますが、当時の車両はまだスカートが取り付けられておらず、その後上の画像の姿へと変わる事にもなります。
ちなみに、この撮影時は開業前の試運転時の画像であります。ですからこの撮影時行先は本来「試運転」となっていたようでありますが、修正しまして「唐津」と書かれていたようではあります。尚、のちのJR化後にこのようなサイズの行先に変わる事にもなりますので、まるで先を暗示したような印象ではありましょうか・・・。
そしてこちらが、昭和58年電化開業当時の筑肥線~福岡市地下鉄乗り入れ列車(西唐津・唐津~筑前前原~姪浜~博多間)の時刻表であります。当時は次の本数となっておりまして、現在の本数からしますと大きく違っている事がお分かりいただけるのではないかと思います。
【当時の運行本数】
西唐津~博多間 9往復
唐津~博多間 11往復
唐津~筑前前原間 1往復
筑前前原~博多間 15往復
こうして見ましても、本数が少なかった事がお分かりいただけます。この当時から国鉄車両と福岡市地下鉄車両(博多~筑前前原間)の相互乗り入れが見られていたのもわかりますが、特に筑前前原~博多間は計35往復での運行となっておりまして、現在としますと半分程度であった事がわかります。それでも、電化開業前はまだ少ない本数であった訳ですので、電化開業に伴い大増発を果たした当時の国鉄の動きには沿線利用者も食らいつく要因にもなったのではないでしょうか。
その後は、筑前前原~姪浜間を中心に、沿線の宅地化も見られておりますし、西唐津・唐津~筑前前原間も本数を増やすために103系1500番台電車は一部の編成で3両編成化、そして福岡市地下鉄では福岡空港駅まで延伸、筑肥線でも筑前前原~下山門間の複線化、303系・305系各電車の運行も見られてもいまして、この電化開業から40年となります今、ここまで進化した事が伺えるのではないかとも思います。
そして、その電化開業40周年となります今、ご紹介しておりますように103系1500番台電車E12編成がスカイブルーの「国鉄塗装」に復活しております。ここからは運行開始前後の姿をご紹介します。尚、以降は特記以外は「E12編成」と省略してご紹介します。
「国鉄塗装」お披露目となりましたのは、8月6日唐津車両センターで行われましたイベントでありました。が、この日は私は仕事でもありましたのでイベントに参加できませんでした。
けれども、仕事の合間(休憩時)に収める事ができないかと思いまして西唐津駅に足を運びまして、駅の所にあります「りふれ橋」よりちょうど前に来ておりましたE12編成を収める事ができました。この時私自身が初めて「JNR」での姿を収める事ができた時でもありましたが、国鉄からJRに変わって36年になる今、私が当時小学生の頃に民営化されていた事もありまして、「国鉄」の姿が懐かしく思った瞬間でもありました・・・。
(りふれ橋から唐津車両センターEC留置線全体画像)~左端にE12編成があるのがわかります
そして、8月8日の運行開始の日、私自身が休みであった事もありまして撮影に出向きました。まずは糸島市の大入駅での画像であります。
この大入駅と言いますと、2面2線のホーム・線路配置となっておりまして、出発信号機が各ホーム両方向に設けられている事もありまして、この駅で行合列車待ち合わせをはじめ、折り返しや退避も可能となっております。現在定期列車では数本筑前前原方面が2番ホームに停車しますが、「マヤ検」・「キヤ検」と言った検測列車が2番ホームに退避する姿が見られる時や、試運転列車も2番ホームで折り返す場合もあります。
(道路側が2番ホームになります)~別の日撮影
それでも、上下ほとんどの列車が1番ホームに停車しますので、券売機は1番ホームに設けられております。尚、ICカード読み取り機に関しましては2箇所設けられておりまして、1箇所が駅西側(唐津方)、もう1箇所が2番ホームへ行くこ線橋の所に設けられておりまして、少々わかりにくい場所に設けられております。
所で、駅前のお店には「筑肥線百周年記念」と書かれました横断幕が見られておりますが、実は今年の12月で福吉~浜崎間が100周年(大正12年12月に開業)を迎える事にもなっておりまして、筑肥線にとりましては電化開業40周年とともに記念すべき年でもあります。尚、大入駅を含む区間が開通するのは翌大正13年4月となりますが、大入駅が開業するのはその翌年の大正14年4月となります。それでも、長い歴史である事には間違いないでしょうか。
またこの横断幕には「国鉄塗装」化されましたE12編成のイラストが見られておりまして、行先は「福吉」と表示されておりましたが、この電車にはこの駅「大入」は存在しましても「福吉」の行先は存在しません。それでも福吉~浜崎間が100周年を迎える事を思えばわからなくはない所でもありましょうか。
さて、大入駅に「国鉄塗装」のE12編成の唐津行き列車がやってまいりました。現在筑肥線では、日中は103系1500番台電車3両ワンマン列車の運行となっておりまして、姪浜・博多・福岡空港方面は必ず筑前前原駅での乗り換えが必要となります。ですからそれほど103系1500番台電車がメインとなっている事が伺わせております。
運行中初めて収めました「JNR」であります。このロゴを見ましても、懐かしさが込み上げられる所でもあります。尚、3両固定編成のクモハ102形・クモハ103形はJR化後に先頭車改造されておりますので、これら車は初めてその部分に「JNR」ロゴがついた事にもなります。
スカイブルーの「国鉄塗装」となりましたE12編成を1両ずつご紹介します。まずは4号車クモハ103-1512でありますが、先述のようにJR化後の平成元年にモハ103-1512から改造したものであります。この車は、連結相手の奇数編成に幌がありませんでしたので、改造後から塗装変更前まで幌がついておりましたが、今回の「国鉄塗装」化に伴い幌が撤去されております。
(塗装変更前のクモハ103-1512)
次は、5号車のモハ102-1512であります。103系電車のモハは2両1ユニットで構成されておりますので、モハ(→クモハ)103-1512と組み合わさっている事がわかるのではないかと思います。
そして、6号車のクハ103-1512であります。こちらが筑前前原(姪浜)方先頭車になりますが、冒頭・後述の画像からもわかりますように「改造されていない先頭車」でもありますので、よりオリジナルな姿に戻ったなという印象さえも感じさせられます。
列車は、大入駅から唐津駅へ向けて発っていきました。そして後述のように、再び筑前前原駅へと運行して行く事になります。
この間に移動しまして、唐津市の浜崎駅へとやってまいりました。浜崎駅は、完全バリアフリーの橋上駅に令和4年に生まれ変わっておりまして、簡易委託駅となっておりましたが、今年4月に委託化が終了、現在は無人駅となっております。
そんな浜崎駅に、今度はクハ103-1512を先頭にしました筑前前原行きが入線してまいりました。やはり、先頭車改造されていないクハ103形を先頭にしましたらよりオリジナルの印象さえも得られるのではないかとは思いますが、行先表示が黒地の行先に変わっておりますし、クモハ103-1512とともにワイパー下部のカバーが残されている所からもオリジナルとは少々違う事もわかるのではないでしょうか。
それでも、先頭車改造されていないクハ103-1512から見てみますと、上部右側の「JNR」ロゴからも、より国鉄の電車という印象が伺えます。正直これが6両編成でしたらより国鉄の印象が強くなりますが、それでも3両でも以前この塗装は存在していた分、懐かしさには変わらない所でもありましょうか。
そして、列車は筑前前原駅へ向けて発っていきました。この運用は、西唐津・唐津~筑前前原間を数往復しておりますので、一度運用に入れば西唐津・唐津~筑前前原間で見られております。
そして、こちらは8月13日に唐津駅で撮影しておりましたE12編成であります。この時は、2番ホームに筑前前原駅からやってきた同編成が入線、私は3番ホームで収めておりました。
この時には、佐賀駅からの西唐津行きのキハ125形気動車2両が3番ホームに停車しておりまして、その後発車したため以下画像のように2ショットを収める事ができました。このキハ125形気動車と「国鉄塗装」との組み合わせは、キハ125形気動車の平成5年の導入から数年は見られてはいましたが、20数年ぶりに見る事ができた組み合わせでもあります。
この塗装での「本カラ」です。4号車クモハ103-1512はJR化後に改造されましたトイレ付でもありますので、定員は124名でもあります。尚、転落防止柵が見えておりますが、この柵は3両固定編成しか見られないものであります。
こちらは、5号車モハ102-1512であります。こちらは導入当初から変わらず、144名の定員を維持しております。
そして、6号車クハ103-1512であります。こちらの定員も導入当初から変わらない136名であります。ちなみに左端に保安装置を表します「SK」「C」が見られますが、「C」からもわかりますように、福岡市地下鉄乗り入れ対応のATCが乗り入れなくなりました現在も装備されている事がお分かりいただけるのではないかと思います。
唐津駅で発車を待ちますE12編成であります。この時はお盆休みでもありましたので、この周囲に10名以上の撮影者がいらっしゃっておりまして、中には小さい子も親のスマートフォンを持ちながら収めている姿も見られておりました。それだけこの塗装は子供までも引き寄せる塗装である事が伺わせていたように思います。
こうして、筑前前原行きは唐津駅を発ちました。ここでは「X(Twitter)」でもご紹介しました発車シーンをご紹介しておりますが、もう40年にもなりますモーター音が現在も健在である事がわかる姿でもあります。本当にこのカラーとこの音はマッチしている事もわかるのではないでしょうか。
前回・今回と、復刻しました103系1500番台電車の「国鉄塗装」の姿をご紹介しましたが、当初は少なかった本数も現在は多くの本数が運行されておりますので、それにこの103系1500番台電車もかかわっていた事を思いますと時の流れを感じさせられます。残念ながら、運行区間は短縮されておりますが、この「国鉄塗装」の姿が見られるようになった事は、長らく見てきた者としても懐かしさを感じずにはいられない所でもありますので、本当に良かったと思っております。とにかく、この電車自体もあとどのくらいの活躍かという域である事には間違いありませんが、これからも盛り上げてもらえればと思っております。