みなさまどうもこんばんは。

夏休みが早く来てほしいHatiです。

お酒飲みたい()

 

というわけで今回は地元車を振り返る企画203系、207系、06系編です。

撮影自体は行っているのですが、デジカメ時代はデータではなくて印刷で残していたためデータがあまりありませんでした。

そのため6000系に比べると少なかったのでまとめさせていただきます。

 

 

2009-09-29 金町

207系900番台です。国鉄が開発したVVVF試作車で国鉄最初で最後のVVVF車両となりました。

高い性能を求められる地下鉄直通と運行している車両が当時の省エネ技術としては主力だったチョッパ制御を使用した203系で比較検討がしやすかったことで同線が選ばれました。

車体は当時の通勤電車の主力205系をベースとしておりよく似ています。

製造は10両編成1本でそもそも本線上に出てくることもなかなかなかったツチノコ的存在で、出会えるとかなりうれしいレア車両でした。

ほぼ毎回のごとくあげられますが、関西で運用されている207系とは全く関係がありませんw

 

 

2010-02-17 金町

203系0番台のトップナンバー、マト51編成。

同編成のみが持つ特徴があり特異な編成となっています。

こちらは意外と出会えたため写真が比較的残っていました。

 

 

同編成の最大の特徴である車番部分。

実際ほかの編成は黒色のペイントで書かれる一般的な国鉄の車番の書き方なのですが、マト51のみプレートに緑字で書かれていました。

 

 

同日 金町

203系には0番台と100番台が存在していたんですが、意外と知られていませんよね。

こちらは100番台のマト63編成。

 

 

同日 金町

同様に100番台のマト66編成。0番台と100番台の違いは後程解説します。

203系の0番台がマト5X、100番台がマト6X、207系はマト71、209系はマト8Xという感じで編成が附番されていました。

203系0番台が8本、100番台が9本、207系が1本、209系が2本という布陣でした。

 

 

同日 亀有

亀有駅に到着した06系、営団が1993年の増発用として導入した形式で07系ど同時期の生産となりました。

07系とは対照的にこちらは10両編成1本しか製造されず、207系同様にレアキャラ扱いでした。

しかし207系とは違い運用につくことは比較的多かったためそれなりに見かける機会は多かった気がします。

 

 

2010-02-20 馬橋

馬橋駅に到着する06系。当時の営団デザインの代表的なドア位置ですが、それが起因となってホームドア対応が出来ず2015年に廃車となりました。

05系や07系も同様のドア位置ですが、こちらはワイドドア対応ホームドアのおかげで生存。

元はと言えば有楽町線用に製造された07系も本数が多かったおかげか東西線へ転属することで問題を解決していました。

 

 

同日 馬橋付近

世代交代を代表する1枚。

このころは置き換え用である新型車両のE233系2000番台が増備されていった時期であり、こんな風に並ぶ機会もありました。

 

 

2010-05-29 馬橋付近

やはりマト51編成。

同編成は特徴的な編成でもあったため見かけるとカメラを向けることが多かったです。

 

 

同日 馬橋

さて、ここで203系0番台と100番台の違いを解説していきましょうか。

同車両は100番台のモハ202-100です。

 

 

一番大きな違いは台車です。

経費節減を図りすでに製造が始まっていた205系と合わせボルスタレス台車であるDT50Aが採用されました。

 

 

こちらはトレーラー車のTR235A

205系とほぼ同じ台車をはいています。

 

 

こちらは0番台、モハ202-0です。

 

 

トレーラー車の台車、TR234です。

前級となる201系で使用されていたものの改良品です。

そのためどちらかというと201系の台車に非常によく似ています。

 

 

モーター台車、DT46A

こちらに関しては201系のDT46と形式は全く同じでサフィックスがつけられたもの。

後年に製造された100番台に比較してかなりゴツい見た目になっています。

個人的には0番台のほうが好きですねw

 

 

2011-05-14 金町

06系です。

このころは比較的元気に走っていましたね。

思えば故障とかもあまりなかったような・・・?

 

 

2011-05-24 吉川

E233系によって置き換えられ、廃車されるマト66編成。

後にこの編成はインドネシアへ譲渡されています。

 

 

残念ながら203系の廃車はこのマト66編成しか撮影しなかったんですよね。

 

 

地元車両の旅立ちの瞬間・・・。

 

 

2011-09-25 亀有

いよいよ最後の1本となった203系、残されたのはマト55編成でなんと0番台でした。

ヘッドマークが付けられ、こちらは通常通り運用についていましたね。

 

 

ヘッドマークはオリジナルイラストが描かれたもの。

松戸車セはこの当時からセンスが結構よかったですね。

207系のさよならヘッドマークも車両の落成記念でつけていたヘッドマークのオマージュでしたし。

 

 

今でもあの大きな音が聞こえてきそうなワンシーンです。

 

 

同日 綾瀬

せっかくなので最後は地元で。

 

 

去り際の1枚。

当時はあまり気にしていませんでしたが、メトロの職員さんと振り返るJRの乗務員さんとすごく哀愁が漂う1枚になりました。

学生時代にかなり乗った車両なのでやはりこうしてみるとしんみりとした気持ちになります。

 

 

2011-11-28 綾瀬車両基地

東京メトロスマイルフェスタで展示される06系。

このころは自身も置き換え対象とした新型車両16000系の数も増えてきており、いよいよ終焉かと思わせる頃でした。

 

 

2013-06-22 綾瀬

後期の06系。実はデータが消えてしまった2013年部分をブログ用に取っておいたUSBから引き出してフォトショップで引き延ばしたもの。

違いがないように見えますが、実は前面のハートMマークがはがされました。

最後までこの姿で走り、後に他の車両もハートMマークは剥がされていきましたね。

 

というわけで懐かしの地元車両たち・・・。

今回は203系、207系、06系を振り返ってきました。

次回はまだ中央線に居ますが209系を振り返りたいですね。

 

では!また次回!