EF58の最末期に追っかけをしたことは以前このブログに書いたが、同機の姉妹機である貨物用のEF15については追っかけどころかほとんど関心がなかった。デッキ付きの箱型車体が好きという人もいるが、僕は車体の大きさの割に小さなデッキがアンバランスに感じられた。だからと言ってスルーするわけではなく、やって来れば撮るというスタンスであった。ちなみに若い頃の僕の撮影スタンスは三つに分かれていた。本命の列車はもちろん全神経を集中して真剣に撮る。次にEF15のようにやって来れば気楽に撮るもの、そして三つ目はやって来てもスルーするものの順である。三つ目は通勤系や近郊系の電車が該当する。

そうであるから、例えば紀勢本線に遠征してもメインターゲットはもちろんEF58であり、EF15はついでに撮るというものであった。上越線や東海道本線(東京口)、青梅線も同様でメインはEF58やEF641000、ED16であり、これらの列車を待つ間にEF15がやって来れば撮るということになる。113系・115系や101系・103系が来ても滅多なことでは撮らない。

↓以下についで撮りのEF15をお目にかける。下3点はいずれも紀勢本線にて撮影。(上・紀伊日置ー周参見、中・切目ー岩代、下・岩代ー南部)

↓以下の3点はいずれも上越線で最後の活躍をするEF15(上・長岡運転所、中・水上、下・石打)

若い旧型電機ファン(そういう人がいるのかどうかは定かではないが)はなんと勿体ないことかと思われるかもしれない。しかし、考えてみれば僕らより上の世代の鉄チャンでも、蒸機撮影においてD51などは当たり前すぎてやって来ても撮らないという人が結構な数いたという話を聞く。それと同じことだ。それは一つにはフィルムが貴重だったということもある。カラーリバーサルであればなおのことそうだ。フィルムが余りそうな時とか、本命に備えて新しいフィルムを装填したい時ぐらいしか撮らないということも多かった。今はデジタルなのでそんなことを気にすることなく、やって来る列車はなんでも撮るという時代になった。なんともありがたい時代になったものだと思う。

鉄チャンたるもの好き嫌いや選り好みはするべきでないという意見があることは承知している。しかし、僕にとっては自分は何を撮りたいのか、何に力を注ぎたいのかを意識することになり、それはそれで良かったのではないかと思う。だから、あのとき撮っていれば良かったなどという後悔は全くといってよいほどないのである。

↓以下の2点は青梅線にて撮影(上・石神前ー二俣尾、下・立川機関区拝島派出所)

↓以下の2点は東海道筋のEF15(上・品川、下・根府川ー真鶴)