5月5日こどもの日 ブルートレイン記念切符 | みぃちゃんず(鉄道部)

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ちょっと昔~現代の鉄道事情を実車や模型などを交えて。

今日は令和5年5月5日でこどもの日ですが、昭和55年5月5日もこどもの日でした。(そりゃそうでしょ)

自分がこどもの頃になけなしのおこずかいで買った子供の日記念入場券を紹介したいと思います。

子供の日らしく子供向けのデザインになっています。

天王寺鉄道管理局(当時)の発行、まだ国鉄時代です。

今年もどこかで記念切符が発売されているのでしょうか?

 

当時、子供に人気だったブルートレイン(大阪発の列車)がデザインされた記念入場券の詰め合わせです。

時はブルトレブームの真っただ中だったかな・・・

「昼も夜も休まず走り続ける力づよい寝台特急ブルートレイン」とあります。

ブルートレインのように力強くという育ってほしいと願いを込めてですね。

(昼は車庫で寝てたとかいうツッコミはなしで)

 

まずは彗星から。当時は24系25型でした。

入場券が小人50円の時代です。いやー懐かしい。

写真はカニ24の100番台です。

 

裏は編成表になっています。

解説は子供向けにひらがなで記載されています。

当時は彗星は2往復が客車でその他583系の列車もありました。

3号が新大阪~都城、5号が新大阪~大分です。

彗星単独で12両編成(3号)って今考えるとすごい編成です。

末期の4両編成を考えると(しかも1往復)

 

次に明星です。

これも24系25型で運転されていました。

彗星やなは・あかつきと比べると早く姿を消しました。

こちらも写真はカニ24 100番台です。

 

明星は3号・5号が客車でその他583系の列車もありました。

3号が新大阪~西鹿児島、5号が新大阪~熊本でした。

彗星と同じ12両編成(3号)で5号のほうも彗星5号と同じ編成です。

 

そしてあかつきです。

大阪発のブルートレインとして最後まで残った列車です。

最後の相棒だった、なはは当時は583系で運転されていました。

 

1号は大阪~長崎・佐世保行きの13両編成。

3号は新大阪~佐世保・長崎行きの13両編成でした。

どちらも同じ編成ですが1~7号車と8~13号車が1号と3号で行先が違うというややこしいことに。

ちなみにどちらも14系15型になっていますが切符のデザインが14系14型のままでした。

 

次につるぎです。

比較的早く姿を消しました。EF81の牽引でした。

日本海ほど需要が無かったのか新潟行きは急行きたぐに1本になりました。

 

大阪~新潟の1往復のみ、24系25型での運転でした。

ブルートレインとしては比較的短距離でしたが、それでも11両編成でした。

それだけ需要があったってことですね、どのくらいの乗車率が知りませんが。

 

そして最後は日本海です。

長らく2往復体制で運転されていましたが最後は1往復になりました。

 

当時は青函トンネルも開通していませんでしたので2往復とも大阪~青森の運転でした。

1号は24系25型、3号は24系24型での運転でした。

最後まで残ったのは3号の編成でJR東日本の青森の編成でした。

(この時のオロネ24が京都鉄道博物館に保存されています)

1号はオールB寝台の編成でしたが後にオロネが連結されることになります。

 

そして袋の背中には国鉄マークが印刷されていました。

今の世代のこども達はブルートレインって知らないんですよね。

時代の流れは早いものですね。

 

<おまけ>

我が家の模型でこの5種類を揃えてみました。

色んな列車に使えるように、オハネフ、スハネフは各車ごとにテールマークを変えてセットしています。

(切符の写真と違う車両もありますが大目にみてください)

車両は全てTOMIXです。

 

★彗星 スハネフ15 

 

★明星 オハネフ25 0番台 

 

★あかつき スハネフ15

 

★つるぎ オハネフ25 100番台

 

★日本海 オハネフ25 0番台

 

最後までご覧いただきありがとうございます。