省型旧形国電の残影を求めて

戦前型旧形国電および鉄道と変褪色フィルム写真を中心とした写真補正編集の話題を扱います。他のサイトでは得られない、筆者独自開発の写真補正ツールや補正技法についても情報提供しています。写真補正技法への質問はコメント欄へどうぞ

E127 0代への置き換えが発表された 南武線浜川崎支線の 205系1000番台

 先日 (2023.2.17) 新潟地区を走っていた E127系による置換が発表された、JR東日本南武支線205系1000番台です。なお、余剰のE127系は2編成なので、1編成は残ることになります。中間電動車を両端運転台付きに改造したオールM編成です。山手線、埼京線をはじめとして、あちらこちらで疾走していた205系ですが、JR東日本では、鶴見支線と南武線浜川崎支線および仙石線のみとなってしまいました。

 浜川崎支線は朝は最短12分毎、夕方 30~20分毎、日中40分間隔の運転です。とは言え、近年小田栄駅が新設されるなど、コロナでダメージは受けていますが、必ずしも衰退基調ではありません。写真にもみられるように、結構立ち席のお客さんも見られます。

 こちらはパンタグラフのないクモハ204-1001。

クモハ204-1001 (横ナハ) 2023.3 川崎新町

同上

クモハ204-1001 尻手駅

 改造運転台は大きなゆるい曲面ガラスを用いた意欲的なものです。それなりにお金がかかったものと思われます。個人的には原型の運転台も結構好きだったのですが...

クモハ205-1001 (横ナハ) 2023.3 川崎新町

同上

クモハ205-1001 運転台

 クモハ205の運転台部分。仕切りはベージュとなっています。

クモハ205-1001 客室内

 車内のメラミン化粧板は、2003年の改造時に交換されたものと思われ、全く陳腐化していません。色は登場当初と基本的に同じだと思いますが、201系以降採用された明るいクリーム色で好感の持てるものです。むしろその後に登場した209系やE217系の方がパッとしない鼠色で、そちらの方がみすぼらしく見えます。

音符をテーマにした座席モケット
クモハ205-1001

 座席のモケットは音符をテーマにした特注品です。これは2016年3月の小田栄駅の開業に合わせて更新されたようです。2016.3.1の神奈川新聞の「「音楽のまち」と海をイメージ 南武支線車両リニューアル 」という記事に報道されています。ネットを見ると、川崎市内には音楽大学が2カ所あるところから、川崎市は「音楽のまち」を標榜しているようですが、音楽大学があるのは、もっと南武線の下り寄り(北側)で浜川崎支線の走る地区にはありません。ともあれ後継のE127系の方がむしろみすぼらしく見えるのではないかと心配です。

鎌倉車両総合所の改造銘板 (平成14= 2002年)
クモハ205-1001

 改造銘板は今はなき鎌倉総合車両所です。大船工場と大船電車区を合併して鎌倉総合車両所になりましたが、昔の大船工場を引き継いだ工場部門は2006年に廃止され、今は単に旧大船電車区を引き継いだ部門のみ残して鎌倉車両センターになっています。

 ただ、名称は鎌倉にせず、なぜ伝統の名称である大船の名を残さなかったのか残念です。

おそらく ATS-P 車上装置?
クモハ205-1001

 ATS-P車上装置だと思われますが、こちらの方は廃車発生品を転用したものとみられ、車内設備がきれいなのに対し、唯一経年劣化感を醸し出していました。

パンタグラフ付近

 以下の2枚はクモハ204, 205 の 1003です。

クモハ204-1003 (横ナハ) 2023.3 川崎新町

クモハ205-1003 (横ナハ) 2023.3 川崎新町

 

本車の車歴です。

クモハ204-1001

1989.10 川崎重工製造 (モハ204-279) 東ウラ → 1993.3 東ミツ/八ミツ → 2002.3 鎌倉総合車両所 改造 横ナハ → 現在に至る

 

クモハ205-1001

1989.10 川崎重工製造 (モハ205-279) 東ウラ → 1993.3 東ミツ/八ミツ → 2002.3 鎌倉総合車両所 改造 横ナハ → 現在に至る

 

 この両車は、もともと京浜東北線用として製造されました。国鉄型ですが民営化後の製造です。209 系の導入で中央総武緩行線用として早々に編成ごと三鷹区に移動します。しかし、新系列の車輛の増備で武蔵野/京葉線用として豊田区に移動することになりますが、武蔵野線は8輌編成のため、MMユニットを捻出することになります。捻出されたのが本車で、その際に南武支線用として改造されて現在に至ります。

 

クモハ204-1003

1985.7 東急車輛製造 (モハ204-23) 南シナ/南ヤテ → 1987.3 東ヤテ → 2003.11 鎌倉総合車両所 改造 横ナハ → 現在に至る

 

クモハ205-1003

1985.7 東急車輛製造 (モハ205-23) 南シナ/南ヤテ → 1987.3 東ヤテ → 2003.11 鎌倉総合車両所 改造 横ナハ → 現在に至る

 

 こちらの車輌は、国鉄時代の生き残りで、205系第2次車として製造され山手線に配備されました。初期車なので、客用ドアの大きさが 201系のデザインを踏襲して小さくなっているのが特徴です。配備された品川区は国鉄時代に山手電車区に改名されそのまま JR に引き継がれました。1991.12には5扉車サハ204-8を追加し、11両編成になります。しかし、E231系の配備で18年目にして山手線を追われます。

 本車は、すぐ改造され、南武支線に配備されますが、編成の他の車両は、1年間ほど休車を経て武蔵野/京葉線 (京葉電車区) に転用されました。また5扉車は埼京線に転用されました。

 

 なお以上転属データはレイルラボのデータを参照しました。