MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2385 「不採算だから廃線」でいいのだろうか?

2023年03月23日 | 社会・経済

 1月23日、国土交通省は赤字が続くローカル鉄道の再編協議に関する仕組みの創設を盛り込んだ地域公共交通活性化再生法などの改正案の概要を、自民党国交部会に提示したと伝えられています。

 法案には、国土交通大臣が必要と認める場合に「再構築協議会」を設置すると明記。その内容は、沿線自治体や鉄道事業者の再編協議をスムーズに進めるため、採算のめどが立たないローカル鉄道線の廃止などに対する国の関与を強めるもので、2月上旬に改正案を閣議決定し、今国会での法案成立を目指すとされています。 

 地方の赤字ローカル線に関しては、昨年の夏、国土交通省の有識者会議が存廃議論を提起。まずは「輸送密度1000人未満」の路線を協議すべきとしたことで、全国の地方で危機感が高まっていました。その後、JR西日本、JR東日本が相次いで個別区間の赤字額を公表したこともあり、関係する自治体にとっては(「廃線」を人質に)じわじわと外堀を埋められている状況と言えるかもしれません。

 こうした現状を踏まえ、日本経済新聞のコラム「やさしい経済学」に連載中の特集「暮らしを支える交通政策」に、関西大学教授の宇都宮浄人氏が『負担の偏りが生む不公平』(2023.1.27)と題する興味深い論考を寄せているので、参考までにその概要を小欄に残しておきたいと思います。

 日本の公共交通は(特に国鉄の民営化以降)「独立採算」の商業輸送が基本とされているが、交通市場の性格上、自由に運賃などを決められる仕組みにはなっていない。コロナ禍による事業者の値上げ申請に対しては、国が審査を行い、通学定期の据え置きや値上げ率抑制を要請していると宇都宮氏はこの論考に記しています。

 例えば「通学定期券」の歴史をみると、1895年(明治28年)に教育政策の一環で、割引率の高い定期券が導入されたのが始まりとされる。これは、最近の物価上昇局面でも、教育費負担を抑えることが国家政策の一つだからだということです。

 そうした中、問題は、交通事業者が自らの経営戦略とは関係なく、こうした割引を行う(行わされている)ところにあると氏はしています。

 これを事業者としての「社会的責任」と言う人がいるかもしれないが、運航事業自体が利用者が支払う「運賃」で支えられていることに変わりはない。従って、こうした割引の原資は、結局、利用者の負担となっているのが現実だというのが氏の指摘するところです。

 言い換えれば、鉄道やバスを利用せず、普段から自家用車で移動する人は(こうしたコストを)一切負担していないということ。教育費抑制という社会的な要請に対して、費用負担が偏っている、受益に対して負担が公平でないという状況に関しては、以前から指摘されていたということです。

 通学定期の割引率は、JRとそれ以外の私鉄やバスでは(かなり)異なっている。しかし、自宅がJR沿線かバスの沿線かで負担軽減の度合いが異なるのは、教育政策として適切とはいえないと氏は話しています。

 これまでは、今のような形でも交通事業は(どうにか)成り立っていたかもしれない。しかし、学生の輸送量が多い地方の交通事業者がコロナ禍で苦境に立たされ、学割の負担で(運行本数の削減などの)サービスが低下しては本末転倒だと氏は言います。もしも、「受益者負担」ということであれば、そうした観点から現行制度の見直しが必要ではないかということです。

 あくまでこれは一例に過ぎない。同じことは、現在、各社が進めているホームドアの設置といったバリアフリー事業などにも当てはまると、氏はこの論考に綴っています。

 もっともこちらは、事業を進めるために一定の運賃上乗せができるよう、新たな制度が設けられたとのこと。しかし、バリアフリー化でもたらされる社会的な便益は、「分け隔てられることなく共生する社会の実現」(バリアフリー法)であり、そうであれば、社会全体が受益者になる事業の原資を、公共交通の利用者にしわ寄せすることは、受益者負担の観点から公平とは言えないのではないかというのが、こうした対応に関する氏の認識です。

 さて、確かに大きな目で見れば、鉄道が担っている役割や価値に、(利用者から得られる)運賃収入で得られる以上の(目に見えない)ものがあることを、我々はもう一度思い出してみる必要があるのでしょう。

 それは、代替交通機関としての自家用車がもたらす環境悪化対策のコストであり、渋滞対策のための道路整備や駐車場設置のコストであり、交通安全対策に必要なコストであり、交通弱者の福祉に関するコストであるかもしれません。

 「私は使っていないから関係ない」では済まされない。鉄道の担っているそうした社会的価値を勘案したうえで、地に足の着いた政策決定がなされる必要があるのだろうなと、宇都宮氏の論考を読んで私も改めて感じたところです。



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