EF210 / 広島機関区 | 安芸もみじ / Photos, Historys, Trains - Hiroshima JAPAN

EF210 / 広島機関区


2月11日に天神川駅で撮影した、広島機関区のEF210です。

向洋駅でエトセトラを撮影した後、DEC741形を撮りに行きましたが、その待ち時間の間に撮影した写真です。

EF210-107号機には、訓練中の札がかけられていました。




そしてこちらは、EF210-317号機とEF210-336号機です。

かつて広島機関区には、現在 京都鉄道博物館へ収蔵されているC62-1号機や広島車両所で保管されている、EF59形・EF67形など多数の機関車が在籍していました。

もちろんでしょう時の代表機のEF58形・EF60形・EF65形・EF66形なども所属機でした。



1894(明治27)年6月10日に山陽線が広島まで開業した時に、操業を開始した伝統の広島機関区。

ところが現在は、最後のEF67-105号機が引退したことによって、1機の所属機もありません。

区名札に栄光の″広″の文字が示されることは無くなりましたが、機関区としては操業しており、こうして駐機する機関車は複数います。




広島機関区と言えば、瀬野機関区と共に瀬野~八本松間の峠攻めの基地でもありました。

かつては日本各地にあった補助機関車の運用も電化や機関車の性能向上によって次々と廃止されていきます。

そして信越本線の横川~軽井沢間が新幹線へ移行したことにより廃止となると、ヒルクライムのシェルパは全国で唯一、広島のみとなっていました。




ところが今春、梅田貨物線の地下新線がダイヤ改正より先駆けて開業し、その急勾配ゆえに補機運用が新たに誕生しました。

最大勾配は23.5‰で、かつての碓氷峠の66,3‰には遠く及ばないものの、瀬野~八本松間の22.6‰よりややキツい坂となっています。

瀬野~八本松間は鉄道最後の難所として開業から129年を迎える現在も、プッシュプルで補機を連結し、毎日峠攻めが繰り広げられています。



そこへこの令和の時代に、新たに急勾配の新線が開業し、新たなヒルクライムの運用が誕生するとは、何か不思議な感じです。

上の写真で、EF210-349号機が牽引する貨物列車の最後尾に、EF210-319号機が後押ししていますが、こんな風景が大阪でも見られるようになりました。

吹田貨物ターミナル駅~安治川口駅を結ぶ貨物列車は1日5往復ですが、大阪に新たな名物が仲間入りしたことは間違いありません。


ツイッターに、新しく運転され始めたプッシュプルの動画を、早速UPされている方がおられましたので、リンクを貼らせて頂きました。

機関車の性能向上や急勾配にならないよう通常は、線路の設計が行われるのですが、大都市部における用地の関係から、 過ぎ去って行く過去の時代の情景と思われていた峠攻めが、とうとう21世紀に新線開業です。

ただ、ヒルクライムではあるかも知れませんが、冷静に考えて峠攻めとは言わないのだろうと感じます。

にほんブログ村 鉄道ブログへ
広島ブログ
Please follow the blogxTranslated profile page
安芸もみじツイッター安芸もみじインスタグラム安芸もみじユーチューブ安芸もみじフェイスブック