強烈な寒波が全国を襲っている.諸山地にブロックされた無敵の関東でも寒さが一段と増し,いよいよ年の瀬を実感する.毎年1年を振り返る記事を書いているのだが,今年はろくに趣味をやる時間もとれず,振り返ったところで書ける内容がないのが実情.しかしこういうものは後になってから価値がでてくるものなので,いまはまとまりが無くてもつらつらと書き残しておくべきだと思った.マシンのシミュレーションが走っている間の即席記事ではあるのだが,本blogにおける今年の締めとしたい.

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△2月に卒業旅行的なイベントで神戸に向かった際,須磨浦公園から眺めた須磨の街並み.このときのメンバーとは昨年色々な所へと訪れたが,新卒で皆が社会に羽ばたいてからは暫く全員集まることができていない.

 上半期は学部卒業,大学院進学という大きな転機を迎えた.幸か不幸か"日本式学年進行単線型教育の寵児"としてなんとかまっすぐ学部4年まで歩いてくることができたが,いよいよ修士1年からは景色が変わってきたように思う.まず学部3年以来であるそこそこの量の講義をこなし,かつ研究を進めなければならない.また学部3年の夏から就活が始まることを考えれば,修士も1年の夏から就活が始まる.さらに同世代のほとんどが就職し自らの力で金を稼いでいるという点を考えると,やはりアルバイトも外せない.講義を受け,研究を進め,就活の準備をしながらアルバイトも回すというマルチタスクはそこそこの根性が要った記憶があるものの,自分なりに一生懸命進めることができてはいたのだろう.実際この頃は忙しい忙しいと言いつつ若干の余裕はあったようで,5月,6月と電車を撮りに近場ではあるが出向いていたようだ.

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△前々から訪れてみたかった奥沢界隈.ライト以外はほぼ原形な9000形のビジュアルに痺れた.

 一方で例年通りの夏の遠出は今年は叶わず.諸事情で短くなってしまった修論の提出期限にcatch-upするべく,毎日ひたすら研究室であれやこれやとやっていた.夏あたりにやっていた研究の内容が外面で研究の成果になってはいないのだが,このあたりに追い込んで探した色々な課題への答えは間違いなく今の自分の理解に資していると確信している.学会発表を見に行ったり,就活のESを書いたり,企業のやるセミナーに出てみたりと,時には足を運びつつ,オンラインの良さも活かしつつの夏だった.何度も何度も往来した渋谷口の2路線,東横線と井の頭線が夏の思い出だ.

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△羽沢横浜国大駅相鉄方面1番線から直通線方面を眺める.1番線2番線双方からJR,東急両方向へと進路が引けるため,信号機はずらっと4つ設置されている.現在は片道時間2本程度の列車が行き来するだけだが,この駅が本当の意味で日の目を見るまでのカウントダウンは始まっている.

 7月の終わりには今関東の鉄道topicで「最も熱い」東急相鉄直通線の建設状況を訪れていた.この頃は線路の敷設が一段落し,電気工事に移るという段階だったと記憶しているが,羽沢トンネルの出口に留置されている保守用車の姿をみていよいよだと感じた記憶がある.現在は各社局の車両を交換した習熟運転が行われているようで,開業の準備は最終段階を迎えつつあるようだ.

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△現在アップロードしている最後の画像が豊洲界隈の夜景.微妙なガス晴れが季節を感じさせる.

 後期になってからは,しばらく東京で写真を撮ることさえ叶わず,10月あたりからは本当に本当に毎日全力疾走の日々だった.超えた壁の数,開けた扉の数だけ何かがみえるかと思いながら走り続けたが,そこにあってほしい「何か」はまだみえない.夏にみた夜景に広がる煌びやかなオフィスビルは,日々の現状維持と闘う人々がそこに居ることの証左だと思った.

 思えば誰もが苦しく,誰もがもがいている,そんな社会の隅を知り始めたような2022年だった.自分のmissionは何か,visionは何か,明確にしながら,行動力を携えて次のステージへと向かう,そんな2023年にしたい.