2021年 晩秋の石垣・八重山旅行⑥有人最南端!最果ての島・波照間島 | 風かおる 鉄の路

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主に私が乗車した乗り物関連(鉄道中心)、その他気になったことを綴っていきます。

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石西礁湖の恩恵から離れて

西表島大原港に戻ってきました。

ここからはもう一度船に乗り、有人最南端の島、波照間島を目指します!

乗船するのは先程より小さい船。

第八あんえい丸です。

西表島から波照間島に向かう船は1日1往復。ツアー以外で乗船する場合は前日18:00までの予約が必要です。

 

さあ、一番南へ向かいましょう!

 

…ところでみなさん、私が前々回の記事で言ったことを覚えているでしょうか?

 

石垣島と西表島の間には日本最大のサンゴ礁海域である「石西礁湖」が広がっており、サンゴ礁が外海の荒波を防いでくれているのです。

この石西礁湖がどんなにありがたい存在かあとで嫌というほど思い知らされることとなります。

 

 

…思い知らされるときがやってきました。

大原港を出てすぐ、波照間島へ向け進路を変えた途端、この小さな船を襲う大きな波。

この船が小さいから?スピードを出しているから?とも思いましたが、それを割り引いたってなお凄まじい波。

波頭にぶつかるたびにものすごいしぶきが上がり、ふわっと浮いたかと思うとドシンと海面に叩きつけられ…

その繰り返しです。

 

波照間島は石西礁湖から外れた外海の中に浮かぶ島。

石西礁湖の加護を失った第八あんえい丸は襲いかかる波に体当たりしながらひたすら波照間島へ向け走っていきます。

 

やがて前方に平べったい島が見えてきました。

 

これが有人最南端の島として名高い波照間島。

だんだんと近づいてくる島に胸が高鳴ります。

(ついでにあまりの揺れの凄まじさに心臓の鼓動も高鳴ります)

 

30分以上も波との死闘を繰り広げた船はついに波照間島の港に到着しました…!

 

波照間島上陸!

面積12.73平方km、西表島の南に浮かぶ波照間島。

古くは「ハティローマ」と呼ばれており、その意味は「果てのうるま」、つまり琉球の果てにある島。

住民が住んでおらず一般人が行くことが難しい沖ノ鳥島・南鳥島などを除くと日本最南端の島です。

 

ついに、ついに果ての果てまでやってきました…!

 

 

港を眺めると、今まで見てきたどの港の海よりも深い青色…!

波照間島の海の美しさを「波照間ブルー」と表現することがあるそうですが、まさにその名前のままの海が広がっていました。

 

安栄観光の小さなバスが待っていました。

現時点で最南端を運行するバスですね!

※ちなみに波照間島内には路線バスがないため、最南端の路線は西表島の路線となるそうです。

 

 

ということでバスに乗って観光に出発!

 

まず最初になにやら石碑が見えてきました。

こちらは「学童疎開の碑」。

太平洋戦争中に強制的に西表島への疎開が行われ、当時マラリア発生地だった西表島で次々と学童がマラリアで亡くなっていった…その悲劇を記した碑。

穏やかに見えるこの島も、かつては戦争の悲劇や、後ほど紹介する「人頭税」にまつわる悲劇など悲しい歴史が存在するのです。

 

↑碑文については詳しくはこちらから

 

さらに進むと、なにやら高く積まれた石垣のようなものが現れました。

これは「コート盛」と呼ばれるもの。

先島諸島火番盛のひとつで、烽火を上げるのに使われていたそうです。

 

波照間島を含む先島諸島は台湾・中国に近いため、琉球王国、さらにはそれを支配する薩摩藩にとって海上監視は重要なものでした。

先島諸島火番盛は宮古列島・八重山諸島に広く存在しており、烽火を島々でリレーさせていき、いち早く外国船の状況を琉球王府に知らせる役割を担っていました。

 

2007年には実際に烽火リレーの再現が行われたようです。

 

そんな波照間島の歴史に触れつつ、バスはある一軒の食堂の前に停車。

時刻はちょうどお昼すぎ、最南端の島で食べるお昼ごはんです!

 

沖縄そばと波照間黒蜜

やってきたのは「居酒屋あがん」というお店。

夜は居酒屋として、昼間は私たちのようなツアー客の昼食会場として使われているようです。

ここでは沖縄そばとゴーヤーチャンプルーの昼食。

これまで沖縄そばを食べる機会はあまりありませんでしたが、お出汁が美味しいおそばでした…!

メニューを見ていると、気になるものがあったので別注文。

 

黒蜜バニラアイスです!

波照間島で作られたという黒蜜がたっぷりかかったアイスクリーム。

黒蜜の濃厚な甘さを堪能できました!

 

昼食が終わってツアーも再開です。

 

定期便なし?波照間空港

まず最初に現れたのは波照間駐在所。

日本最南端の交番です。

こんなのんびりした島だから仕事は少ない…と思いきや、実は交通違反の取締りが多いのだとか。

「こんな離島だから警察も見ていない」と思ったら大間違いだそう。

どこであっても交通ルールはきちんと守らないとダメですね。

 

さとうきび畑の中を進んでいくバス。

かなりびっしりと植わっていて、この中にはもしかしてハブも潜んでいるのかな?と思いましたが、実は波照間島にはハブ(サキシマハブ)はいないそう。

安心ですね(?)

 

 

大きなタンクがありました。

こちらは波照間ファームポンド。農業用水を貯蔵する施設です。

このタンクがある位置は波照間島で一番標高が高い場所(60m)らしいです。

 

近くにはその標高の高さを活かして灯台が立っています。

灯台といえば岬に建っているイメージですが、ここでは島の真ん中に建っているのですね。

 

島の中央を越えるとさとうきび畑の向こうにまた海が見え始めました。

最南端の海ですね~

最南端の地に向かう前にバスはある建物の前で停まりました。

琉球瓦で葺かれたこの建物は…

 

なんと空港なのです!

波照間島は八重山諸島の中で石垣島とともに空港が存在する数少ない島。

ですが…

なんとこの波照間空港、現在(旅行時)定期旅客便がゼロなのだとか。

2007年までは石垣~波照間間で琉球エアーコミューターによって、それから1年程度エアドルフィンによって不定期に旅客便が運航されていましたが、それ以降定期旅客便が設定されたことがありません。

 

 

↑琉球エアーコミューター時代の石垣~波照間便を利用された方の搭乗記がありましたのでご紹介

 

定期旅客便がないということもあってターミナルビルは閉鎖されています。

 

ちなみにこのビルは2015年に建て替えられたもので、建て替えられてから1回も定期旅客便で使われたことがありません。もったいない…

 

ターミナルの横からは滑走路の様子を眺めることができます。

 

波照間空港の滑走路は長さ800m、幅25mの小さなもの。

琉球エアーコミューター時代は定員9名(操縦士除く)の小さな機体が使われていたそうです。

 

空路があるとあの揺れが激しい高速船を使わなくて済むのでありがたいですが…

 

※2022年より第一航空が石垣~波照間間を運航を開始する予定でしたが、多良間空港で使用機材が滑走路逸脱事故を起こした影響で記事執筆時点では未就航のままとなっています…

 

最南端!高那崎

使われていない真新しい波照間空港を見たあとは、いよいよ最南端の地・高那崎に向かいます!

 

その途中、ドーム屋根の面白い建物が見えました。

こちらは星空観測タワー。

波照間島は南十字星が観測できる日本では数少ない地のひとつで、観測可能な時期にはこのタワーから南十字星を眺めることができるのだとか。

 

一度は見てみたいものです。

 

星空観測タワーが見えてすぐ、バスは小さな駐車場に到着しました。

その名も「日本最南端広場」。

ついにやってきました!

 

バスから降りて歩くこと数分。

 

ついに図鑑などでおなじみ、あの碑が見えてきました!

 

北緯24度2分59.3秒 東経123度48分18.2秒。

一般人が行くことのできる最南端の地、波照間島の高那崎にやってきました!

ついに…ついに来ちゃいました!

ここより南には(一般人が行ける)日本の土地は存在しません。

すごく達成感を感じる瞬間です!

 

ちなみにこの「日本最南端之地」碑は沖縄返還前の1970年に日本縦断を果たした大学生によって建設されたもの。

高那崎にはこれ以外にもいくつかの碑があります。

 

例えばお隣りにあるこの日本の国旗が埋め込まれた碑。

聖寿奉祝の碑といって昭和天皇在位60年を記念して建てられたものです。

 

こちらは日本最南端平和の碑。

竹富町によって建てられたもの。

 

こちらは「波照間之碑」。

二度と日本から切り離されることがないように…とこの碑へつながる道は全国から集めた石でできているそうです。 

 

海のすぐそばまでやってきました。

高那崎は珊瑚礁でできた岩場になっており、波が崖に打ち寄せています。

 

高那崎から南側を眺めます。

ここが最果て。

ここから南に向かうと次に現れる陸地はフィリピンの島々。その距離1100kmです。

(南西方向に進むとおよそ600kmでフィリピンのルソン島にたどり着きます)

 

最果ての波照間島ですが、古くはこの南にさらなる果ての島、「南波照間島(パイパティローマ)」があると言われていました。

琉球王国時代、「人頭税」という納税能力に関係なく一定の税金が住民に課せられた時期があり、負担に耐えかねた住民が南波照間島を目指して逃亡したとの記録が残っているそうです。

 

住民たちは何らかの島にたどり着けたのか、それとも途中で遭難したのか…

果たして。

高那崎からその幻の島が見えないかと目を凝らしてみましたが、そこにはただ青々とした広大な海が広がっているだけでした。

 

続きます。

 
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