残念ながら、2023年春の団体臨時列車でラストランを迎える事となったJR北海道のリゾート列車最後の生き残り『ノースレインボーエクスプレス』(NRE)。その引退を前に、11月3日の『はこだてエクスプレス』から始まったメモリアル運転が11月27日の『特急ニセコ』を以て終了、「※一般発売を行う観光列車としての運転は、今回が最後となります」JRのプレスリリースで公表されている通り、NRE編成の一般向け臨時列車の運転が行われる事はもうありません。
 
私はそのメモリアル運転の熾烈なチケット争奪戦に勝利し、10本全ての列車の乗車を叶える事ができました🙌勿論、10時打ちとえきねっと事前受付を駆使した上での結果です(乗車券は各列車とも『HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス』使用)。指定券の手配に尽力してくださった駅員さんにはこの場をお借りして御礼を申し上げます🙇
 
その10本のうち、11月12日(土)に運転された『まんぷくサロベツ』の下り列車のみ先行してブログ記事に起こしたのですが、全ての列車を1つずつ記事にするといつ完結できるかわからないため、敢えてダイジェスト版として今回は初日11月3日の『はこだてエクスプレス』、同月12・13日の『まんぷくサロベツ』の2つの列車を紹介させて頂きます。
尚、各項目冒頭の列車時刻についてはJR北海道HP『いまこそ輝け!北のキハ183系』キャンペーン情報特設サイトから転載させて頂きました🙇‍♂️
 
 
 
第1弾・11月3日『はこだてエクスプレス』
はこだてエクスプレスタイムテーブル
 
『はこだてエクスプレス』(はこエク)はNRE編成が先行3両編成で1992年7月18日にデビューした時の列車で、定期特急の北斗とは一線を画し、リゾート色を全面に打ち出していました。
そのはこエクも含めて、いわゆる『海線』経由のNRE編成使用列車にはまだ一度も乗った事のなかった私…。今回のメモリアル運転で最初で最後の海線NRE編成の旅を満喫させて頂きました。上り列車(8022D)で乗車したのは2号車キハ182-5051。ドアのステッカーにははこエクが通過する沿線の名所イラストがあしらわれていました。
 
 
 
そのはこエクですが、上り列車1つ目の停車駅である新札幌駅にて、北朝鮮から弾道ミサイルが発射された事による『Jアラート』発令に伴い安全確認が取れるまで抑止、12分遅れで発車するというトラブルに見舞われました。狂気の独裁者のために自国民の生活が犠牲にされ、他国までも巻き込むあの軍事国家の一日も早い崩壊を望まずにはいられません。
 
 
 
何とか運転再開し、室蘭本線に入り苫小牧発車後に見られる王子製紙の煙突。こんな眺めができるのもNRE編成ならでは。
 
 
 
残念ながら11月3日の道内は曇りまたは雨というあいにくの空模様で、せっかくの『海線』の景色も暗く沈んだトーンに…。
 
 
 
さて、この11月3日からは『いまこそ輝け!北のキハ183系』記念入場券メモリアルVer.が道内10駅(札幌・函館・旭川・帯広・釧路・稚内・上川・遠軽・北見・網走)で発売開始され、キハ183系各種の中から唯一NRE編成の写真が使われているのが旭川駅でした。実はこの日の旅、NRE編成の大ファンである旭川在住のらんちゃん女史と一緒でして(但し指定席は別々に手配)、記念切符類は自力で収集するのがポリシーである私ですが、初日分の券がどうしても欲しくて札幌駅に出向く前に購入をお願いしちゃいました(券番通りサンキュー😉)。
 
 
 
長万部駅では『まんべくん』のお出迎えがありましたが、特急ニセコとは異なり各駅の停車時間は定期北斗と同様に短いため、ホームに降りての撮影はほとんどできないので車内から見るに留めました(ラウンジ車内からの撮影のためローアングル)。
 
 
 
はこエクの上り列車は、森~大沼において定期特急列車が通らなくなった渡島砂原廻りのルートを迂回、駒ヶ岳経由の本線の不通時を除けば2020年雪まつりシーズンの臨時列車であるキハ183系北斗88号以来の特急列車走行となりました。
 
 
 
砂原廻りの支線といえば、銚子口・流山温泉・池田園の3駅が2022年3月ダイヤ改正で一挙に廃止されてしまいましたが、その中でも20年と短命に終わった流山温泉はホームや200系新幹線の車輪などを使用したモニュメントを含めて全て撤去されていました。銚子口は信号場として機能しており駅舎も現存していますが、交換設備のない池田園はこの時点で駅舎が既に撤去済、ホームと跨線橋を残すだけの状態でした。
尚、旧流山温泉駅跡を通過して間もなく、道内鉄道トンネルで最短(20m)の池田園トンネルに入るのですが、ウッカリ写真を撮り損ねてしまいました😖
 
 
 

相変わらず雨が降りしきる函館駅に到着したはこエク。NRE編成の底力を見せ、回復運転を行ったため新札幌駅でのロスはほぼ解消されていました。

9月に運転された特急ニセコとは異なり、1号車が函館方、5号車が札幌方と逆編成になっています。

 
 
 
ホームの連絡通路側には、女性駅員と助役が横断幕を持ってお出迎え。
 
 
 
函館駅のLED発車標は『臨時特急』で、愛称名の表示はありませんでした。
 
 
 
短い折返し時間の後、再び札幌へ向けてトンボ返り。
復路の8021Dは先頭5号車キハ183-5201に乗車。札幌駅の時点では気付かなかったのですが、前面のLED愛称表示がキチンとはこだてエクスプレス(英文併記)となっていました。ここ最近はノースレインボーEXPの表示しか見た事がありませんでしたから…。
 
 
 
復路も同じく大沼、駒ヶ岳(※下りは駒ヶ岳経由)、内浦湾側の車窓が見える席を確保したのですが、相変わらずどんよりとした空模様…。但し雨はあがっていたようです。
 
 
 
先頭5号車の車内。前面展望を一目見ようとするマニアがひっきりなしに通路最前部に訪れていました。
 
 
 
私も便乗して先頭部にお邪魔し、1枚だけ撮らせて頂きました。
『鉄道直線日本一』を誇る白老~沼ノ端ですが、その間の社台~錦岡にて。
 
 
 
苫小牧を経て千歳線に入る頃は既に日没となり車窓は楽しめませんでしたが、最初で最後の海線経由NRE編成乗車を果たせて満足!復路は運転停車の七飯駅で交換した貨物列車の遅れの影響を引きずり、約3分程遅れて札幌駅5番線に到着。
 
 
 
NRE編成メモリアル運転の乗客には、特定の区間においてクリアファイル(写真)と各列車ごとに異なるデザインの乗車証明書(2枚目写真・上下列車の裏面をつなぎ合わせるとNRE編成のイラストが完成する仕掛け)が配布されたのですが、肝心の乗車証明書表面は『まとめ③』のラストにて紹介します。そういえばはこエクは上下列車とも私の隣が空席か…と思いきや、その主は2人ともこのノベルティを貰う時だけ自席に戻っていました。まぁ、私にしてみればあずましくて結構なのですが…😓ラウンジに長居していたのであれば感心しませんねぇ。
 
 
 
第2弾・まんぷくサロベツ(11月12・13日)
 
先述の通り、当列車は既にコチラのブログにて下り列車分のみ発表済みなのですが、本稿では上下列車も含めてダイジェスト版で簡単に紹介させて頂きます。尚、上り列車につきましては改めて後篇として投稿する予定です。
コチラの札幌発下り列車(9053D)は9:07と朝ラッシュが一段落した時間帯のため、入線から発車時刻までの間が長く取られており撮影タイムも充分にありました。
 
 
 
残念ながらこの日も悪天候に見舞われ、宗谷本線独特の絶景の魅力を存分に味わう事はできず、そして幌延を過ぎたあたりで日没…。勿論車窓からの利尻山の眺めも全く見る事はできませんでした。
 
 
 
激しい雨の中、終着・稚内駅に到着。週間天気予報ではこの日と翌日が大雨という予報が予め発表されており、残念ながら良い方向に外れてはくれませんでした。駅構内は約200人余りの乗客でゴッタ返し…。
 
 
 
往路の車内では既発表のブログ内で紹介した『宗谷本線ご当地弁当』の中から『かに飯弁当』(音威子府ようかん付)も購入しましたが、¥2000は高い…。このお弁当のみ車内では食さず、本来遅い夕食用として取っておくつもりでした。しかしホテルの冷蔵庫にしまい、結局翌日の朝食として頂く事に(賞味期限切れなのを承知の上で)。『花たび そうや』の時とは異なり、音威子府そばが入らなくなったのは残念としか言いようがありませんが、事情が事情だけにコレは如何ともし難い…。
 
 
 
ここから未発表の翌13日分。
『花たび そうや』の時と同様、稚内駅には8:24頃入線。上り列車9052Dは最後尾1号車キハ183-5202に乗車(但し展望席ではありません…)。前日から同行のらんちゃん女史は宿の関係で南稚内駅から乗車(席は別々に確保)。
 
 
 
この日は暴風雨吹き荒ぶ中の運転で、停車中の撮影で外に出る度にズブ濡れになりながらという、凄まじい道中でありました。

 
 
 
前日も雨天でしたが、この日はさらに雨が激しさを増しており、川は軒並み増水、危険水位という状況まで達していました。写真は天塩川支流の音威子府川ですが、ご覧の通り岸に自生している樹木までもが水に浸かってしまっています。実はこの手前、天塩中川~音威子府において抑止と運転再開を繰り返し、徐行運転でどうにか音威子府駅まで辿り着いたのでしたが…。
 
 
 
その音威子府駅では大雨のためしばらくの間抑止。既にこの日午後に発着する名寄以北の列車は終日運休が決まってしまっており、上りまんぷくサロベツに乗車できずサロベツ4号や上り宗谷に乗車予定だった方は非常にお気の毒だった事でしょう…。
 
 
 
幌延・天塩中川・音威子府各駅からの『宗谷本線ご当地弁当』の積み込みは予定通り行われたのですが、私は先述の音威子府駅積み込み分である『かに飯』(音威子府ようかん付)を再度注文して昼食として頂きました(他の駅は注文のタイミングを逸してしまい完売…)。その他に、JRが非常用物資として駅に常備しているミネラルウォーターとカロリーメイトも配布(但しこれらには手を付けず持ち帰り)。
 
 
 
音威子府駅は定刻より143分遅れの14:07にようやく発車するも、約25㎞/hでの徐行運転を余儀なくされます。この措置は天塩川温泉駅までの予定でしたが、その後美深の手前である初野駅までに変更、さらに遅れが拡大してしまいました。
 
 
 
結局、以後の各駅の停車時間は短縮せざるを得なくなり、美深駅で予定されていたグッズ類などの販売は中止に追い込まれ、士別駅ホームでの士別祥雲高校吹奏楽部の演奏会(『花たび そうや』上り列車運転時にも開催)もまんぷくサロベツの定刻に合わせての開催となったため、残念ながらそれらをお目に掛かる事はできなかったのでした…。
名寄(この時点で174分延発)以南からは運休となってしまった6064Dサロベツ4号と同様のスジで走行、遅れを少しでも取り戻すべくNRE編成が本気の力走を見せてくれます。
 
 
 
本来ならば旭川駅で31分の停車時間が取られていたものの、大幅遅れのため乗務員交代後すぐ出発(16:57。この時点で107分延)、別の号車に乗車していたらんちゃん女史は事情により札幌までの乗車を急遽断念し、降車してしまいました。
旭川からはノンストップ運転、札幌駅5番線到着は18:27と、所要時間1時間半というNRE編成の実力を思い知らされる爆走振り!札幌までは97分遅れに縮まったため、特急料金払い戻し対象からは外れたのでした。隣の4番線の789系HE-104/204編成は後発の3026Mライラック36号(所定の18:25から6分遅れで到着)。
私は札幌人なので全然遅れなど気にしませんでしたが、道外からの遠征組は帰路に乗る航空機の時間の絡みなどでさぞかしハラハラしたでしょうね…😵
 
残り2列車(『流氷特急オホーツクの風』『特急ニセコ』)については次回以降に紹介させて頂きます。
つづく