第1512回('22) 青春18きっぷで岡山県津山周辺の駅訪問 (その2)    | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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当ブログでは、私の鉄道乗りつぶしの過程や、最近の乗り鉄のレポート等を中心に紹介いたします。


 
前回の続き…
 
2022年夏は、5週連続で乗り鉄・降り鉄を実行しました。
3週目の7月29日~30日は1泊2日の日程で、『青春18きっぷ』を利用して中国山地のローカル線が集結する岡山県津山周辺の駅を降り鉄していきました。津山駅に乗り入れる路線はいずれもローカル線で本数が少ないため、事前に訪問する駅を選んで、できる限り効率的に訪問していきましたが、津山駅を中心にX状の路線網になっているため、何度も津山駅を経由する行程になりました。福知山の「北近畿ビッグXネットワーク」ならぬ、「美作スモールXネットワーク」といったところでしょうか。こちらは各方面の接続がイマイチでしたがw また、当初は日帰りの予定でしたが、それだと回れる駅数が少なくなってしまうため、比較的本数が多い早朝から降り鉄を開始するべく前日夜に津山入りしました。但し、職場から直接現地入りした関係で、津山までは列車ではなく自動車で移動しました。
 
今回は2日目後半の内容です。
午後は姫新線の乗り鉄・降り鉄を進めていきましたが、本数が少ないため訪問駅数は多くありませんでした。そして夕方の日没前に津山駅へと戻り、最後は自動車を運転して帰宅しました。
  
今回の日程  2022年7月30日  (土)   【後半】  
  
津山/津山駅1100(中鉄北部バス・勝間田駅前線)1110東津山/東津山1220(姫新線)1243楢原1351(下り普通)1420津山1455(普通)1530古見1620(上り普通)1640美作千代1720(下り普通)1730美作追分1809(上り普通)1831津山/駐車場1840(自動車・津山ICから加古川ランプまで中国道→播但道→姫路BP→加古川BP経由)2100自宅    
  
【帰宅】     
  
津山線の降り鉄を終えて10時42分に津山駅へと戻り、次は姫新線の降り鉄をしていきますが、姫新線は本数が少ないです。また、時間的に昼食も取らねばならないため、実は正午辺りの予定を組むのが困難でした。事前に調べると、津山駅前より東津山駅前に飲食店が多かったので、東津山駅で下車したついでに昼食を…と思いましたが、津山11:35(因美線・智頭行き)11:38東津山12:20(姫新線・佐用行き)←のプランですと、東津山駅での滞在時間が短すぎるのが悩みどころでした。そこで、両駅とも市街地にあることから、事前に路線バスで行けないかどうか調べたら、何とも都合の良い時刻に便がありました!しかも東津山駅付近で1時間以上滞在可能で、昼食をして東津山駅を撮影しても時間が余る計算なので、別途運賃が必要ですが、東津山駅までバスで行くことにしました。
 
津山駅前を撮影後は駅前広場から発車する、11時00分発の中鉄北部バス・勝間田駅前線に乗車しました。『ICOCA』などICカードは使えないため、現金精算となります。客は私と男性2人組だけでした。私は最前列の席(私は「展望席」と呼んでいますw)に座りたかったのですが、コロナ禍により各事業者ではこの席を使用停止にしている為、私は2列目の席に座りました。早く展望席が開放される事を願います。ちなみにこのバスは姫新線沿いに東へ進み、勝間田駅前まで行きます。列車本数が少ない姫新線列車を補完するようなダイヤになっているのには感心しました。
 
 

 
勝間田駅前線のバスは定刻に津山駅前を発車しました。私は風景を眺めていました。まずは吉井川を渡って中心市街地へ。橋の北詰の交差点を右折してすぐのバス停では一気に7人乗ってきました。近くにスーパーがあり、買物袋を提げた客も見受けられました。その後は吉井川沿いに国道53号を東へ走り、段々と郊外へと出ていきますが、その間乗降が全くありません。そして吉井川と離れ、沿道にロードサイド店舗が増えてくると目的地の東津山バス停に到着(11:10着)。私は250円を運賃箱に投入して降車しました。下車客は私だけで、残りの乗客は全て先を目指しますが、バスは途中で一旦横道に逸れてイオン津山店前も経由するため、そこで下車する客もいるかもしれません。
 
 

 
バスを見送った後は、国道53号を少し西へ戻りました。途中、東津山駅前を通りました。そして着いたのは地場のスーパー「マルイ」が核店舗になっている商業施設「津山イーストランド」で、敷地内にある「ケンタッキーフライドチキン」で昼食を済ませました。フライドチキンが好物で、先々週、東海道新幹線を降り鉄した際に静岡で食べて以来となります。結構短いスパンでケンタッキーに通っていますw まぁ津山に来たからには地元のB級グルメである津山ホルモンうどんを食べるべきだったかもしれませんが、今回は時間に余裕が無かったので、時間が読めるチェーン店に逃げてしまった面もありますw それでもケンタッキーは何度食べても美味しいですww
 
 

 

 
昼食を終えた時点でまだ11時35分だったので、列車で東津山駅まで移動する場合だとちょうど津山駅を発車したばかりになります。これで余裕で東津山駅を撮影できる…と思い、スマホのGoogleマップを見ながら東津山駅へ向かおうとすると(まぁ地図がなくても先ほど駅前を通ったので問題ないのですが)、東津山駅の北東側に「イナバ化粧品店」の文字が。これはもしや……と調べたら、やはり津山出身・「B'z」の稲葉浩志さんのご実家でした! ケンタッキーからも東津山駅からも遠くなく、折角なので行ってみることにしました。「津山イーストランド」の裏手を通り、国道53号に並行している旧出雲街道を東へ3~4分歩くと(この道は歩道がなく、車がひっきりなしに通るので注意が必要)、「イナバ化粧品店」がありました! 何度かテレビでは見ていましたが、生で見るのは初めてです! 普通の個人経営の化粧品店ですが、店や駐車場には稲葉さんや店主の母親(?)の似顔絵?が描かれた看板もありました。さすがに店内には入りませんでしたが、私は「B'z」やビーイング系の曲で育った世代なので、感動しました。ちなみに私の訪問時、ほかに「イナバ化粧品店」を訪れたファンの人は見られませんでした。
 
 

 

 

 
「聖地巡礼」を終えた後は東津山駅へ直行しました。東津山駅は郊外にある姫新線と因美線の分岐駅で2面2線プラス側線を有しており、国道53号沿いに鉄筋コンクリート造の駅舎を構えています。住宅地かつロードサイド店が多いため、それなりに乗降客がいましたが、津山~東津山のシャトル列車を増発すれば利用客が増えるのでは…と思ってしまいました。まぁ焼け石に水かもしれませんが……。
 
 

 

 
東津山駅の観察を終えるとすぐに津山方から12時20分発の姫新線上り普通列車・佐用行きが到着し、私を含めて数人が乗車しました。車両はキハ120形単行(キハ120-356)で、姫新線の上月~津山においてはキハ120形の独壇場です。車内はほぼ満席だったので私は最後部に陣取り、道中は後方展望を楽しみつつ、パスした途中の駅を車内から観察しました。停車駅ごとに少しずつ下車していきましたが、ボックスシートの乗客は不動だったので私は後方展望を続けました。佐用駅で姫路方面列車に乗り換える『18きっぷ』利用の乗客が多いかもしれません。列車はローカル風景の中を東へ走り続け、私は12時43分に到着した楢原駅(ならはらえき)で下車しました(12:43着)。乗降は私だけでした。
 
 

 
楢原駅は単式ホーム1面1線の小駅で、駅舎すらありません。駅前は民家も少なく閑散としていましたが、姫新線に並行する県道354号線はそこそこ交通量が多かったです。また、駅の南北には工場があり、平日は楢原駅を利用する通勤客がいるかもしれません。
 
 

 
楢原駅を訪問後は時間の関係で津山駅へと戻ります。今回の姫新線姫路方面の駅訪問は楢原駅のみとなりました(姫路方の美作江見駅と美作土居駅、そして兵庫県内各駅は訪問済み)。駅前散策を終えて待合室でスマホを操作しながら待っていると、姫路方から13時51分発の下り普通・津山行きが到着しました。先ほど乗ったキハ120-356が佐用駅で折り返して来ました。私は後部扉から乗り込み、空いていたボックスシート進行方向窓側席に座りました。この列車は乗客が少なかったです。道中は車窓風景を眺めて過ごしました。今度は駅ごとに少しずつ乗客が増加しましたが、美作大崎発車時点で約半分の席が埋まる程度の乗り具合でした。そして東津山駅で5~6人が下車して3人乗車、最後は津山市の郊外を走って定刻の14時20分に終点・津山駅に到着しました。
 
 

 
津山駅到着後は次の列車まで時間があったので一旦改札を出て駅前を撮影しました。午前中も撮影したのですが…。そして改札内へと戻り、今度は姫新線新見方面を乗り鉄・降り鉄していきます。乗車したのは14時55分発の下り普通・中国勝山行きで、車両はキハ120形ではなく国鉄型のキハ40形単行(キハ40-2134)で、朱色とクリームのツートンカラーになった国鉄風塗装の『みまさかノスタルジー』仕様でした。姫新線新見方面もキハ120形の独壇場かと思われましたが、そこそこ需要がある中国勝山駅まではキハ40形も運用に入っているようです。私が乗車した時点では車内が空いていて、ボックスシート進行方向窓側席を確保できましたが、発車までに次々と乗車してきて、発車時点で半分以上の席が埋まりました。中には浴衣を着た若者もいました。
 
 

 
中国勝山行きは定刻に津山駅を発車し、津山線と分かれて郊外を西へ走ります。1駅目の院庄駅では乗降ともに見られましたが、2駅目の美作千代駅以降は下車客しかいませんでした。坪井駅付近からは山間部へと入りますが、完全な過疎地ではなく、民家がポツンポツンと見られました。そして美作落合駅では浴衣姿の若者を含む多くの人が下車しました。後で分かったのですが、この日は夜に落合地区を流れる旭川の河川敷で落合納涼花火大会が行われたため、列車でアクセスする観客も一定数いたと思われます。私は美作落合駅もスルーして乗り続けましたが、車内は空席が目立ってきました。そして私は旭川が形成する盆地の中の田園地帯にある古見駅で下車しました(15:30着)。私のほかに2人下車しました。
 
 

 
古見駅は1面1線の棒線駅で、駅舎がありません。無人駅です。開業は1958年と、名鉄常滑線の古見駅(1912年開業)より新しいです。駅前は住宅が点在する田園地帯で、特に見所はありませんでしたが、私はあまりファンに注目されないような駅を訪問するのが好きですw 
 
 

 
古見駅よりさらに先へ行きたいところですが、時間の関係で津山方面へ戻ります。次に乗車したのは16時20分発の上り普通・津山行きで、車両は先ほどのキハ40形『みなさかノスタルジー』でした。中国勝山駅ですぐ折り返してきました。車内は空いていて、私はボックスシートを独占しました。道中は往路と反対側の景色を眺めました。1駅目の美作落合駅では乗降が少なかったですが、まだ早い時間帯だったからでしょうね。また、私は当初、この列車で津山まで戻ってこの日の乗り鉄・降り鉄を切り上げようとしていたのですが、往路において美作千代駅の木造駅舎に惹かれてしまい、スマホで行程を再調整して美作千代駅に立ち寄るように行程変更しました。という事で、私は16時40分に到着した美作千代駅で下車しました。乗降は私だけでした。
 
 

 
美作千代駅は1面1線の駅ですが、かつては2面2線で、ホーム跡が残っています。ホームに面した南側には木造駅舎は1923年の開業時以来のもので、99年間使い続けています。駅前は小さな集落で、少し南を久米川が流れています。
 
 

 
美作千代駅に寄り道した事で、帰宅は遅れるものの津山へ戻る前にもう1駅立ち寄ることができるようになりました。今度は17時20分発の下り普通・中国勝山行きで、今度もキハ40形『みまさかノスタルジー』でした。半分以上の席が埋まっていて、浴衣姿の乗客もいましたが、グループ客が多かったためか偶然がら空きのボックスシートがあったため、そこの進行方向窓側席に座りました。道中はこの日2度見た景色をもう一度眺め、2駅目の美作追分駅で下車しました(17:30着)。乗降は私だけでした。
 
 

 
美作追分駅は山あいにある1面1線の駅で、この駅も2面2線時代のホーム跡が残っています。駅舎はコミュニティ施設(?)「キリタローの館」と一体になった新しいものでした。駅前は民家が少なく、閑散としていました。また、駅の東側で久世方面へ向かう現・国道181号(旧・出雲街道)と落合方面へ向かう現・県道411号線が分かれていることから、この付近は「追分」の地名が付けられています。
 
 

 
これにて駅訪問は終了として、あとは津山駅へと戻ります。美作追分駅からは18時09分発の上り普通・津山行きに乗車しましたが、到着が2分遅れでした。1駅手前の美作落合駅で花火大会観客が大挙下車して精算に手間取ったかもしれません。まぁ私は津山駅から自動車で帰宅するので、2分程度でしたら問題ありません。車両はキハ40形ではなく姫新線岡山県内区間の主力であるキハ120形単行でした。やはり手前の美作落合駅で大量下車したと思われ、車内は空いていました。私は4区画しかないボックスシートのうち1区画を独占でき、道中はこの日何度も見た車窓風景をもう一度眺めましたw 夏休みの土曜日でもう夕方だったためか、またコロナ禍の影響か、途中駅での乗降もほとんどなく列車は淡々と東へ走り、右から津山線が合流して扇形機関庫の脇を走ると、定刻より1分遅れの18時32分に終点の津山駅に到着しました。陽は西に傾き切っており、日没が近かったです。
 
 

 

 
これにて今回の乗り鉄・降り鉄は終了ですが、まだ自動車を運転して帰宅の途につかなければなりません。津山駅到着後はすぐに改札を出て駅近くのコインパーキングへ車を取りに行き、すぐに出発しました。昼前にバスで通った国道53号を東へ走り、東津山駅前を通って津山インターチェンジから中国自動車道に入りました。夕食がまだなので、津山ICのすぐ先にある勝央サービスエリアに入り、フードコートで津山のB級グルメである津山ホルモンうどんを食べました。街角の店で出されるものとはちょっと違うかもしれませんが、美味しかったです。それにしても、勝央SAのフードコートは土曜の夜にもかかわらずガラガラで、コロナ禍の影響もあるでしょうが、営業時間縮小やフードコート自体の存廃など、今後の運営が心配になってきました…。
 
 

 

 
食事後はすっかり暗くなった勝央SAを後にして、中国道をひたすら東へ走ります。夜の山間部は暗く、またカーブが多い路線なのですが、交通量が少なかった分走りやすかったです。作東ICを過ぎると兵庫県に変わり、なおも山間部を走り続けますが、やがて山々が遠ざかると福崎ICで中国道から播但連絡道路(播但道)に乗り換えました。播但道も交通量が少なく、スムーズに南下できました。その後は姫路ジャンクションから姫路バイパスに入りましたが、交通量が多く、現実に引き戻されました。さらに加古川バイパスを経由して自宅には21時頃に到着しました。
 
今回は変則的1泊2日の乗り鉄でしたが、短い時間ながらも津山地区を楽しめました。
 
 
(つづく)
 
 
今回の新規踏破路線、新規探訪廃線跡はありません  
 
 
(参考:Wikipedia)