旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道車両の冷房装置 出力の肥大化と大都市の気温上昇を考える【6】

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《前回からのつづき》

 JR東日本JR東海が小型軽量で簡易な工事で済む集約分散式冷房装置を用いたのに対し、JR西日本も集約分散式冷房装置を用いて冷房化を推進しました。しかし、JR西日本の場合、国鉄から継承した数多くの車両を当分の間も運用し続ける計画であったことから、冷房化工事は簡易な方法ではなく、AU75と比べると簡便ではあるものの、本格的なものになりました。

 JR西日本が採用したのはW-AU101と呼ばれる装置で、その外観は私鉄車両に搭載されているものに近いものでした。FRP製のキセを使い、側面には給排気用のルーバーもあるなど、国鉄形車両に載せるには少々アンバランスな印象を筆者はもっていましたが、こちらも小型軽量の冷房装置であることには変わりませんでした。

 W-AU101の冷房能力は1基あたり11,000kcal/h、これを1両に3基搭載したので車両全体の冷房能力は33,000kcal/hでした。やはりAU75と比べるとその能力の弱さは否めず、これを103系のような通勤形電車に搭載したので、それこそ車内を冷やすには貧弱だったと言わざるをないものでした。

 実際、W-AU101の評判も芳しいものではなかったようで、ついていないよりはマシといったほど、真夏においてはその能力の低さは際立っていたようです。特に関西の夏は関東と比べて気温が高めであるため、AU75であれば快適であったのが、W-AU101ではそれに追いつかなかったのは容易に想像がつきます。

 このように、本州三社は冷房装置を屋根上に載せるという、鉄道車両の冷房化では一般的な方法を採ったのに対し、JR九州はまったく異なる方法を採用しました。

 JR九州福岡市交通局と相互乗り入れをする筑肥線唐津線電化区間を除いて、電化区間はすべて交流20,000Vです。JR九州国鉄から継承した電車は、ここで運用されている103系1500番代を除いて、すべて交直流電車または交流電車でした。

 特にJR九州の主力だったのが、交直流近郊形電車である421・423系と415系です。421・423系は九州島内の交流電化方式に合わせた機器を装備していましたが、1960年代の設計製造だったため、グローブ型ベンチレーターを装備した非冷房車でした。

 国鉄時代からAU75装備による冷房化改造工事が進められていましたが、やはり分割民営化までに全車に施工とまではいきませんでした。しかし、民営化で誕生したJR九州にとって、サービスレベルの向上による利用者の呼び戻しは喫緊の課題でした。というのも、九州は都市間高速バスが台頭し、かつ鉄道よりも運賃が安価であるため、特急など優等列車はもとより、中距離の移動もバスを選ぶ方が多かったのです。

 そこでJR九州は非冷房の421・423系の冷房化では、本州三社とは異なる方法を採用しました。

 これまでお話してきたように、通常の冷房化改造では屋根上に冷房装置を載せるのが一般的ですが、JR九州はそうはしませんでした。あろうことか、車内の座席の一部を潰し、このスペースに床置き式の冷房装置を設置したのです。

 AU2Xと呼ばれる冷房装置を設置するため、車端部の座席を一区画潰し、この場所を冷房機器室としました。座席とその区画に機器室を設けることは、定員の減少を意味することなので、鉄道事業者としてはもっとも避けたい施工方法です。

 しかし、421・423系は1960年代の製造で、すでに20年以上もたつ経年車であることや、本州三社のように集約分散式で冷房化改造を施すにしても、ある程度は屋根構造の補強工事は避けられないなど、AU75と比べて安価とはいってもそれなりにコストはかかってしまいます。経営基盤が脆弱なJR九州としては、大量の非冷房車を、より低コストでの冷房化の推進を求められたのです。

 

分割民営化で誕生した旅客会社は、国鉄から継承した大量の車両に冷房化改造を施すことが迫られた。しかし、AU75による改造では屋根の補強や冷風ダクトの設置など、その内容は多岐にわたるため、時間とコストが大きいことが問題だった。そこで、JR九州は座席を1区画潰して、床置き式の冷房装置を設置する方法を採用した。AU2Xを設置した車両は、窓の代わりにルーバー窓と、屋根上には給排気用の大きなグローブ型ベンチレーターが設けられ、非常に目立つものだった。(モハ423−1 ©<Atsasebo, CC BY-SA 3.0, 出典:Wikimedia Commons)

 

 そのため、定員の減少とバーターで、屋根の補強は必要のない床置き式を選択したと考えられます。また、床置き式冷房装置は一般の事務所などに設置されているものを応用できるので、開発や製造のコストも軽減できます。また、1両に1基だけ搭載すればいいので、最低でも2基を装備する集約分散式と比べても、そのコストを削ることが可能だったと考えられます。

 加えて、屋根に穴をあけるなどの工事も必要なくなり、冷風を送り込むダクトだけを追加すれば済みます。ダクトの追加だけであれば、非冷房車の屋根構造であっても補強は必要ないなどのメリットも作り出すことができました。

 AU2Xによる冷房改造車で、もっとも大きな特徴は装置設置区画のルーバー窓と、その屋根上に設置された大型のグローブ型排風器です。筆者も九州支社勤務時代に何度もこのAU2X改造車に乗ったり見たりする機会がありましたが、本来であれば客室窓があるところに電気機関車のようなルーバー窓があり、その上の巨大なグローブ型排風器はとにかく目立つものでした。

 ルーバー窓は冷房装置の冷却風を取り入れるために、従来の客用窓の開口部をそのまま活用する形で設けられました。また、屋根上のグローブ型排風器も、その開口部は通風器のものを活用しました。そのため、車体に新たに開口部を設けるなどといった手を加えなかったため、構造強度には大きな影響を与えることはなかったのです。

 この巨大なグローブ型排風器はその名の通り、熱交換で生じた大量の熱を排出する役目をもっていました。冷房によって車内を冷やすときには、車内の暖かい空気を冷房装置が取り込み、熱交換器で冷やした風を車内に送り込むとともに、不要になった温かい空気を車外へ排出します。その暖かい空気=熱を排出するために、この大型排風器が設けられたのです。

 AU2Xの冷房能力は36,000kcal/hでした。AU75の42,000kcal/hには及びませんが、床置き式であったため、安定した動作が可能だったことから車内を十分に冷やすことができました。実際に乗ったとき、少し寒いかなとさえ思えたほどだったので、駅間の距離が長い鹿児島本線などでの運用では十分な性能だったと思います。

 一方で、AU2Xは床置き式であるがゆえの問題も抱えていました。冷房装置は概して重量がかさみます。大型の冷房装置を車内に置くと、それは台枠に大きな負担をかけることになります。そのため、AU2Xを設置した車両の台枠に歪が生じるようになりました。ただでさえ経年車なので歪があるところへ、重量物の冷房装置を設置するので、その設置には微妙な調整が必要だったようです。

 こうした座席をなくして定員を減らすこととバーターにしても、コストを優先させながら目的を達成するという発想は、JR九州の小倉工場ならではのものといえます。国鉄時代から小倉工場は、保守的で硬直化していた他の国鉄工場とは違い、革新的でチャレンジ精神豊かな車両工場だったと思います。

 蒸機時代の「門鉄デフ」をはじめ、多くのアイデアでコスト削減と効率的かつ効果のある施工技術を開発していたことから、このような床置き式であるAU2Xによる、コストパフォーマンスの優れた冷房改造を実現できたのだといえます。

 

《次回へつづく》

 

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