旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道車両の冷房装置 出力の肥大化と大都市の気温上昇を考える【5】

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《前回からの続き》

 

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■非冷房車の冷房化が急がれた1990年代始めの頃

 1960年代終わり頃から始められた鉄道車両の冷房化は、国鉄・私鉄ともに年を追うごとに進められていき、利用者はより快適な輸送サービスを享受することになります。一方で、冷房装置を装備することで車両製造のコストも上がり、既存の車両にもそれを追設する改造工事を施すことでコストを抑えられていきますが、1980年代に入っても完全に冷房化を達成することは難しい状態でした。

 バブル経済の時代に入ると、車両の冷房による快適な輸送サービスを受けるのは、運賃を支払う以上、当然のことであるという意識が強くなりつつあり、毎年のように鉄道事業者の冷房化達成率がメディアで報じられるようになると、もはや、非冷房の古い車両を運用し続けることが難しくなりつつありました。

 とはいえ、冷房新製車にしても、冷房改造車にしてもコストがかかるので、一気に全車両を冷房化することは到底困難でした。特に国鉄から多くの車両を継承したJR旅客会社にとって、非冷房のままの車両が大量に在籍していることと、国鉄時代から冷房化改造は集中式のAU75が使われ、その改造には重量物であるAU75を載せるに耐えうる屋根構造の大掛かりな補強と、冷気を車内にくまなく導くためのダクト追設など、大掛かりかつ高コストの工事が必要でした。

 また、改造工事自体が大掛かりになるため、工事を受ける車両は運用から外されて工場や車両所などに入場しますが、その期間は2〜3ヶ月にも及び、その間は代替となる車両を必要とするなど、コスト面だけでなく運用面でも不利なものでした。

 そこで、分割民営化によって国鉄時代の「標準化」の呪縛から解放された旅客会社は、もっと簡便でコスト面でも有利な冷房装置を採用して、非冷房車の冷房化を進めることにしました。

 JR東日本は、AU75による冷房化改造と並行する形で、AU712集約分散式冷房装置を採用して冷房化を進めました。

 このAU712は、冷房能力21,000kcal/hと、AU75の半分の性能しかありません。しかし、AU712はAU75と比べて非常に軽量かつ簡易な構造であることから、屋根構造の補強も最小限度で済むなど、工事内容もAU75と比べると少なくなりました。そのため、AU712を使用した冷房化改造工事は、工場への入場期間の短縮を可能にするとともに、工事にかかるコストの大幅な軽減を実現させました。このことは、大量の非冷房車を冷房化することにおいて有利になり、冷房化の推進を短期間で達成させることへ繋がるのです。

 

国鉄・JRは、冷房化工事の標準的な方法として、AU75集中式を搭載していた。しかし、AU75は冷房能力は優れ、集中式であることから保守の面でも有利であったが、重量が非常にかさみ、冷房化改造に際しては屋根構造の十分な補強が必要であった。また、冷気を車内に送り込むダクトを追加しなければならないなど、施工メニューは多岐にわたり、長期間車両を運用から外す必要があるなど、運用・コスト面で不利であった。そこで、民営化後は小型軽量のAU712集約分散式装置による冷房化改造も並行して行われた。写真のように、右側のAU75に比べて左側のAU712は比較的小型であることがわかる。装置自体も技術進歩によって軽量化が実現し、屋根の補強が必要最小限に抑えることが可能になった。(伊豆急200系(元JR東日本113・115系の譲渡車) 2004年 熱海駅 筆者撮影)

 

 AU712の冷房能力はAU75の半分しかありませんが、これを1両あたり2基搭載することで、AU75と同等の性能を確保しました。ただし、集約分散式であるため、冷気を車内全体に導くためのダクトは欠かすことができなかったようで、記録写真を見るとAU712を搭載した車内には、AU75と同様にダクトが追設されているのがわかります。

 JR東海もまた、JR東日本と同様に簡易な構造で軽量な集約分散式冷房装置による冷房化を推進しました。ただし、JR東日本が主にAU712を使用したのに対し、JR東海はC-AU711を使用しました。

 C-AU711もAU712と同じ集約分散式ですが、冷房能力は18,000kcal/hと低いものでした。その分、冷房装置はAU712と比べて小型軽量で、外観からもそれがわかるほど小さい装置であることがいえます。冷房改造工事もAU712と同じく、工事期間もコストも抑えられるなど有利であることから、JR東海は名古屋地区の103系や、在来線電化区間の主力だった113系115系の非冷房車に対して、積極的にこのC-AU711を使った冷房化工事を進めました。

 このように、JR東日本JR東海ともに小型軽量である集約分散式冷房装置を使って冷房化を進めましたが、見かけの数字の上では冷房化の推進に貢献したものの、実際の評判はあまり芳しいものではなかったようです。

 特にC-AU711は冷房能力が低いのにも関わらず、1両に2基搭載する形での冷房化であったため、車両あたりの冷房能力は36,000kcal/hとAU75と比べてもかなり低いものでした。加えて冷気ダクトはどちらも細くなったため、車内を快適に冷やすのには難があったようでした。

 実際、筆者もAU712を搭載した南武線浜川崎支線で運用されていた101系に乗車したことがありますが、AU75を搭載した205系と比べて車内は快適なほどに冷えているとはいえず、少し蒸し暑かったという印象をもっています。カタログスペック上の冷房能力は変わらないものの、冷房装置から冷気を吹き出す風の力や、冷気ダクトのサイズなどがあまり適正なものでなかったのかもしれません。加えて簡易な工事で冷房化できるメリットはありましたが、非冷房時代の天井のままであったことから、断熱性も弱いことから冷やそうにも屋根の熱がそれを妨げていたのではないかと推測されます。

 

《次回へつづく》

 

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