「国鉄」の通史 | 書斎の汽車・電車

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 今回は、石井幸孝『国鉄』(中公新書)を取り上げます。

 「日本最大の企業」の栄光と崩壊という副題のついた本書、8月下旬の刊行ですから、すでにお読みになった方も多いのではないかと思います。いささかご紹介するのが遅くなり申し訳ありません。本来ならすぐに当ブログの「書評」に登場させるべき1冊でした。今年刊行された鉄道書の中でも一、二を争う存在です。

 

 著者は、昭和30(1955)年に東大工学部卒、国鉄に入社した方で、ディーゼル車輛の開発にあたった後、経営全般に転じます。国鉄末期には「改革派」として分割・民営化を主導していきます。首都圏本部長という職にあったことから本来ならJR東日本で要職に就くところが、前任者の急な退職により九州総局長に転じ、そのままJR九州の初代社長となりました。鉄道趣味人としても知られ、主に専門のディーゼル車輛に関する著作もあります。

 そんな石井氏の経歴から、本書は国鉄の「通史」であるとともに、途中からは当事者による回想録的な性格も強い本となっております。それが本書を特徴づけているといえましょう。

 

 本書の内容を順を追ってご紹介しておきます。第1章「戦後の混乱と鉄道マンの根性」では、敗戦直後の国鉄の状況が語られます。それとともに鉄道省時代の組織についても簡単に説明されています。第2章「暗中模索の公社スタート」は、昭和24(1949)年の、公共企業体・日本国有鉄道の成立から、昭和20年代末までが取り上げられています。組織の変遷、下山・三鷹・松川事件、桜木町事故、洞爺丸事故などがその内容です。続く第3章「栄光としのびよる経営矛盾」で扱われるのは昭和30年代。東海道本線全線電化から東海道新幹線開業までの、国鉄にとっては黄金時代ともいえますが、栄光の陰でさまざまな問題点も顕在化しつつあったのでした。なお「通勤五方面作戦」も本章で出てきます。

 

 「通史」はここで「ひと休み」となりまして、第4章「鉄道技術屋魂」は、ディーゼル車輛開発にあたった著者の回想となっています。キハ80系、キハ58系、DD51といった国鉄の非電化区間のエースたちの開発秘話のほか、DD54、レールバス、キワ90、アンフィビアンバスといった「失敗例」についても紹介されており、国鉄の内燃車輛好きであれば、この章だけでも本書を買うべきでしょう。また、鉄道ファン以外の方にとっても、国鉄の車輛開発の一端を知ることができる内容となっています。

 第5章は「鉄道現場と労働組合」、国鉄は一握りの「キャリア組」(著者もその一人)と大多数の現業職員から成る組織でした。この章ではそんな国鉄の組織の特徴、実態が述べられるほか、労働組合についても、各組合の変遷、「マル生運動」の失敗、スト権ストなど詳述されています。続く第6章「鉄道貨物の栄枯盛衰」は、鉄道貨物輸送に特化した通史となっています。一般読者は貨物輸送に余り馴染みがありませんから、あえて独立した1章としたのでしょう。

 

 第7章からは再び「通史」に戻ります。第7章は「国鉄衰退の20年」と題していますが、主に昭和40年代の話題となります。「よんさんとお」改正と再建計画、「列島改造ブーム」と新幹線建設といった時代で、赤字といいながら、まだ「何とかなる」という楽観的な見通しのあった時代でした。第8章「国鉄崩壊と再起」は、いよいよ二進も三進もいかなくなった「断末魔」の時代です。国鉄の組織に内在する「病理」の数々、朝令暮改の再建計画、赤字ローカル線問題、旧態依然の鉄道貨物といった問題が改善されないまま、ついに国鉄再建は臨調→再建監理委員会という外部の手に委ねられ、最終的には分割民営化を迎えたのでした。先にも述べましたが、著者もその渦中にありましたので、本章は当事者による回想としても読めます。

 終章「JRの誕生と未来」は分割民営化後についての記述となります。ここでも著者のJR九州における経験が読めますが、そのほか、苦闘が続くJR北海道の経営改革や、著者の年来の主張である新幹線による貨物輸送、未上場JR各社のための新たなるスキームの構築といった提言が並んでいます。

 

 今回のタイトルに「通史」と入れましたが、本書の内容はその枠に収まらないものとなっているのは、ここまでご紹介してきた通りです。国鉄改革を主導した当事者による通史ですから、立場を異にする方からの異論、反論はあろうかと思いますが、ともあれ大変充実した内容であることは疑いのないところです。御年90歳の石井氏による力作、鉄道150年の年に相応しい1冊といえましょう。