2022年9月11日 | 鉄道歳時記

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週末鉄の撮って出しブログ

9月11日 日曜日

9月11日の撮影記を10月1日に書いております。新鮮味のある内に書きたいと思っているのですが、写真の整理をしつつですと、なかなか進みません。

この日は、深名線の廃線跡を政和温泉付近まで辿って来ました。その前に廃止が決まった(この時はまだ協議中)留萌本線の未撮影の駅舎を撮影して来ました。

まずは、真布駅です。民家もほぼない場所にポツンとあり、板張りのホームに木造の待合室といった簡素な佇まいでした。

留萌本線 真布駅

続いては来年以降終着駅になる石狩沼田駅へ向かいました。昭和47年までは札沼線の終点でもあった駅で、2面3線に跨線橋及び側線も有した駅は今では駅本屋側のホームのみの使用で、2,3番線があったホームは雑草に覆われていました。

これで留萌本線の駅への訪問は全制覇できました。

留萌本線 石狩沼田駅

沼田から政和温泉付近までまず行き、深川方面に戻りながら深名線の廃線跡を巡りました。

まず最初に訪れたのは第3雨竜川橋梁(ポンコタン鉄橋)です。

この橋梁は1931年(昭和6年)に竣工したもので、道内初のケーブルエレクション工法(吊足場式仮設工法)により建設されたとの事で、2009年には土木学会推奨土木遺産に選ばれました。保存会の方々の尽力で現役当時の姿を今でも見る事ができます。

深名線 第3雨竜川橋梁 雨煙別-政和温泉間

続いてやって来たのは上幌加内駅跡です。

駅名標の枠とホームの土台だったと思われる枠が遺されていました。

深名線 上幌加内駅跡

ちょうどお昼時になったので、せっかくなので幌加内の蕎麦を食べようとお店に行くもどこもかしこもかなりな順番待ちでしたが、幌加内交流プラザ内にある雪月花さんで蕎麦を食べる事にしました。その待ち時間の間に、2Fにある深名線資料館にも立ち寄って来ました。約2時間待って食べた蕎麦は美味しかったのですが、もりそばにしておけば良かったと後悔。かき揚げそばにしたのですが、セイロでは無く器に蕎麦とかき揚げが載ってつゆが掛けて有るタイプだったため、蕎麦の風味がかき揚げの味と匂いにに負けてしまい少々残念。

深名線資料館

続いては沼牛駅跡です。この駅舎は2015年に開催された廃線20周年記念「おかえり沼牛駅」というイベントにて倉庫として使用されてきた駅舎を廃止前の姿に復元、翌年9月より改修作業が行われ11月に完成したとの事です。

駅構内跡から鷹泊方面を望むと腕木式信号機が設置されており、現役当時の様子を彷彿させます。これで線路もあったら雰囲気最高ですね。この腕木式信号機は2021年設置されたものとの事です。

深名線 沼牛駅跡

続いて駅舎が残っている鷹泊駅跡にやって来ました。

現在でも倉庫として使用されているようですが、劣化が進んでいる様子ですので、いずれ解体されてしまうのでしょうか。

裏手は壁がボロボロです。

ホームもしっかりと残っています。

深名線 鷹泊駅跡

かつて青春18きっぷで深名線を乗り通した時に撮った40同士の交換風景の写真が有りました。

この日の深名線廃線跡巡りの駅舎の最後は幌成駅跡です。なかなか見つけられず、諦めて帰ろうとしたら少し離れた所に有りました。工場の事務所に使用しているようで、作業をしていたおばさまにお声がけをして撮影させていただきました。「ボロボロになっちゃってねぇ塗りなおしたら良いんだけど」、とそのおば様おっしゃってました。

深名線 幌成駅舎跡

深川に向かう道の途中にも、廃線跡と思われる築堤などが残っていましたが、途中小さな橋台を見つけました。

深名線 多度志-宇摩間

これを撮影後、多度志駅跡に行ってみましたが、恐らくホームがあったと思われる場所は草木に覆われていました。

この後、留萌本線の列車が来る頃合いに沿線に来れたので、この日初めての動くものを撮りました。

キハ54 509 4929D

帰り道の途中で、根室本線の列車が撮れそうな時間だったので、さらに寄り道をしてちょっと気になっていた場所に来てみました。が、線路際の草丈が思っていた以上に高く不満の残るこの日最後の撮影となりました。せっかくここで宗谷急行色の40に出会えたのに残念。

キハ40 1747 2481D

9月11日の廃線跡巡りと撮影記は以上です。