大学に入学して初めての夏休みに九州へ長旅に出た。

1980年7月、中学生の頃からの相棒と一緒に東京を発ち、二俣線や関西本線などに寄り道しながら、新大阪から急行雲仙・西海の自由席に乗って九州入りした。相棒とは同一行動したり別行動をとったりしながら旅をした。何日目かに長崎にあるオランダ坂ユースホステルに宿泊した。翌日は乗り潰しをすると言う相棒と別れ、僕は朝の列車で喜々津に行き、大村湾沿いを走る長崎本線のローカル列車を撮影した。その後いったん長崎に戻り、出島や平和公園、浦上天守堂などを見学して回った。観光地など滅多に行かない僕にしてはとても珍しい行動だが、被爆国の一市民として原爆のモニュメントだけは見ておかなければならないと思ったようだ。

以下の3点はいずれもネガカラーにて撮影

↑↓長崎本線旧線は喜々津から大村湾に沿って長与経由で浦上に至る非電化の路線で、ローカル色に富んでいた。その後このあたりは農地転用が進み、現在では多くの住宅が立ち並んでいるようだ。(長崎本線喜々津ー東園)

↓有明海をバックに気動車の普通列車が行く。編成はキハ30、キハ17、キハユニ26、キハ55(26)、キハ58(28)とバラバラ。(長崎本線多良ー肥前大浦)

そして15時過ぎの列車に乗って鉄チャンを再開すべく有明海に面した肥前大浦で下車した。蒸し暑い夏の午後の日差しの中を駅前から多良方面に続く緩い勾配の国道を歩いて行くと、漁港の入り江を鉄橋で渡る線路が見えた。ここは帰りに立ち寄って撮ろうと思いつつ、さらに歩を進め、有明海をバックにSカーブを見下ろす場所で種々雑多な車両で組成されたローカル列車を撮影した。そして、さきほどの場所に戻って特急かもめやら急行出島、寝台特急さくらなどを撮影した。

その日は昼食を食べそこなって腹ペコだったので、早めの夕食をとろうと国道沿いのこじんまりとしたドライブインに入った。エアコンがガンガンに効いていて生き返る心地がした。そこで一番安いメニューのかけそばを注文した。学生のひとり旅が珍しいのか、あるいは他に客がなくて暇なのか、ひとりで店を切り盛りするおばさんが色々話しかけてきた。どこから来たのか、カメラで何を撮るのか、何日間旅しているのか等々聞かれるままに答えた。するとおばさんは節約旅行をしている学生に、カウンターに置いてあったおにぎりとゆで卵を「これ、サービス」と言いながら差し出した。高校生のときに読んだ宮本常一だったか柳田國男だったか、南国は北国に比べお土産や接待が多いと書かれていたのを思い出し、その通りだなぁと思いながらありがたく頂戴した。

以下の3点はいずれも長崎本線肥前大浦ー多良にて撮影

↑485系で運転される特急かもめ

↑長崎本線の421系は珍しかったと思う。九州で非冷房なのがつらい。

↑東京行きの寝台特急さくら。牽引するのは鳩胸のED73

食事を終えた頃には日も暮れ、あたりは薄暗くなっていた。僕は数時間前に来た道を肥前大浦駅に引き返した。翌日は冷水峠で筑豊本線経由の寝台特急あかつきを撮るつもりだった。それには普通夜行列車の“ながさき”に乗って鹿児島本線原田で乗り継ぐのが便利だった。そこで長崎に戻って始発から乗ろうと、誰もいない肥前大浦駅の待合室でひとりポツネンと列車を待っていた。すると突然ガラス戸が開き、駅長さんに呼ばれた。事務室に入るとお茶を勧められながら、ここでもどこから来たのかとか、九州はどこを回るのかから始まって、長崎本線はどのあたりで撮るファンが多いのかといったことまではよかったが、「ぜひ聞きたい」と言いながら、国鉄の赤字はどうしたらなくなるか、将来国鉄はどうなると思うか等々にわかには答えられないことを聞かれたのには参った。駅長さんは地元の出身らしく「肥前」を「ひじぇん」と発音していたのが印象的だった。

そんなこんながあったので、有明海のこの辺には悪い印象を持ちようがない。後に義理の母となる人の生家も江北町にあった。仕事では有明海をめぐる厄介な問題を担当したこともあったが、肥前が地元の人たちとは異なる考え方に立って事を進める立場にあったこともあって、やりにくいことこの上なかった。ここ数年は毎年冬になると太良町を訪れ、牡蠣や竹崎カニを食べるのを楽しみとしている。

そんな思い出のある有明海の地であるが、このたびの西九州新幹線(長崎新幹線と名乗らないところに佐賀県へのビビリが感じられる)の開業に伴い、長崎本線の特急かもめが全廃となり、路線も架線が撤去され非電化路線になるという。鉄道の進化は無煙化・電化という伝統的な見方からすると明らかに退化だが、それは古い考え方なのかもしれない。電化より非電化の方がサステナブルということで架線を取り去るのであればスマートだが、たぶん経費面の要因が大きいのだろう。いろんな意味でなんとも寂しい限りだ。

↑↓有明海に面した太良町の牡蠣小屋は冬の風物詩。竹崎カニも食べることができる。カニ自体は高価だが、カニ入りおにぎりは手頃な値段。下の写真は牡蠣小屋から眺めた有明海。国道のガードレール直下が長崎本線。