▶︎孤軍奮闘は、もうしばらく続く…のか?
さて、西馬込行き2往復目は淡々と乗っていく。
どちらかというと、走りを堪能するのが中心。
まだ周りは思いの外静か。
できることをできるうちに、をこの3ヶ月間散発ながらやってこれたのは良いことだった。
同時に過去の記録も、もう少ししっかり掘り起こしていく。
15:19、西馬込着。
ここで行先表示がまた変わり、今度は「快速 成田空港」に変わった。
この日2往復目の成田空港往復である。
どうしても記録に残しておきたかった成田空港の行先表示を、満を持して収める。
あらかた降車が終わると、西馬込駅ホームは途端に閑散となる。
世代交代の時は、もう間もなくだろうか。
延べ31年余に渡り主力で走った期間は、5000形の35年に比べると短い。
それでも東は成田空港、芝山千代田、印旛日本医大、南は羽田空港、逗子・葉山、三崎口…
1都2県、最大6社局を股を掛けて日々走り回ってきた功績は大なるものがある。
休日に運用を外れることが増えたものの、最後まで第一線で走り続けている5300形。
某社の残り1編成はトラブルに悩まされているが、この5300形は無事に走り抜けて欲しい。
片道約2時間の旅の前。
きわめて静かに、穏やかに。
デビュー当時は最先端だったLED行先表示も、すっかりおなじみの存在に。
そして15:33、旅立ち直前にライト点灯。
新たな旅が始まった。
快速と言えど、都営浅草線内は各駅停車。
一駅ずつ確実に、乗客を降ろしては拾い…を繰り返していく。
泉岳寺〜西馬込間は利用客は少ないとは言いつつも、日常利用はしっかり定着している。
その日常利用を下支えしてきた功績は、いつまでも残る。
泉岳寺では、京急線からの電車の接続を受ける。
極めてスムーズに乗り換え客を受け入れ、また走り出す。
最初の開業から62年、都営浅草線は2巡目の世代交代を迎えて更にアップデートしていく。
この日は、後の都合もあり浅草橋まで乗車して追跡を終えた。
時間的な都合で、なかなか追いきれないのが歯痒かった夏。
しかし、そのジレンマは割と早い段階で多数を消化できる機会に恵まれることとなった。
まだまだ可能な限り、やれることに手を付けていく。