1973/08 北海道SL撮影旅行
8/19 その2
お読みいただきありがとうございます!
twitterでたくさん流れてきたが、今日は「京阪100年記念号事故」の日だったそうだ。
当時は、もうすでにSLを追っかけることはしていなかったが、痛ましい事故は衝撃だった。
鉄道写真の撮影で、2度と事故が起きないことを祈ります。合掌。
さて、前回の続き
前回、深川着は夕方と書いたが、どうやら2時前には着いていたらしい。
写りこんでいた時計で推定。
どう乗り継いだかは記憶がない。旭川からの電化区間はおおよそ定時で運転していたような気がする。
計画では、早朝深川に着き、留萌本線の峠下で2本撮影し、いったん留萌へ。そこでD61の来る方向によって留萌か深川に行き、撮影、さらに峠下に戻り、夕方まで撮影するというもの。
もちろん全部断念。たぶん留萌本線もダイヤが乱れていたのか運休があったのか。
深川の機関区付近の撮影に向かう。
D51が重連で入れ換え作業中だった。
D51543 + D511086
機関庫の横辺りまで歩いている。
非公式側
時計は13:40くらいを指している。
D614がいた!
この年は、D613が廃車となっていて、D614の1両のみになっていた。
廃車後のD616は、前に書いた通り、南稚内にいた。
これが初めてで唯一のD61。
ナンバーが気になって、キャブを撮っているが、D61撮るならもっと下向きの角度でしたね。
D614 19605 59614
D614
D61の向こうには96が2両。
その向こうにD51もいたらしいが撮っていない。
19605 59614 D51?
留萌本線D51と言えば、このつらら落とし
機関庫の中にはD51と96がいたが、ブレていてナンバー不明
一番後ろにいたテンダーが機関庫外に出ているD51は、D51147らしい
なんとかD61の従台車が写っていた1枚。きちんと狙っていないようだ。
D511086+D51543は、まだ入れ換え作業中
機関庫
D51147のテンダー。石炭山盛り。
戦時型のD511086
フィルムの最後で、端が切れた...
D51543は密閉キャブ
記憶がはっきりしないが、どうも結局、機関区内の撮影許可がもらえず、往復した途中で撮った写真だけだったような気がする。
ダイヤが乱れていて、安全が確実ではないからだったのが、もともと電化区間で本数が多いからだったのか。
次回、それでも深川に。