急行「赤倉」…私と同じ世代やもっと上の世代の方々ならかつて中央本線~篠ノ井線~信越本線経由で名古屋~長野~新潟間を結んでいた58系気動車急行を思い浮かべる方も多いことでしょう。
「越後富士」と称される妙高山の外輪山として妙高山の南側に位置する赤倉山、妙高高原温泉郷のうち最も知名度が高いと思われる赤倉温泉が列車名の由来です。

    国鉄時代末期に165系電車化されましたが、巨額の赤字を抱えていた国鉄が増収策の一環として全国的に行っていた急行列車の特急格上げなどもあって長野駅を境に系統分離し、名古屋~長野間は特急化されて特急「しなの」のネットワークに組み入れられました。分離された新潟側の列車は松本~長野~新潟間の165系急行「南越後」となりました(変わらず妙高高原を通るのになぜ列車名が変えられたのか疑問…)。

    国鉄時代に長野~新潟間を結ぶ急行列車としては他に上田~長野~新潟を結ぶ急行「とがくし」2往復が新潟運転所の165系により運転されていましたが、国鉄分割民営化後にJR東日本となってまもなく「とがくし」「南越後」が統合されて「赤倉」の列車名が復活して長野県側の始発・終着駅は上田や小諸となりました。但し、急行列車として運転されたのは新潟県内の妙高高原~新潟間で長野県側は普通列車となっていました。

    現在、急行「赤倉」は存在しませんが、えちごトキめき鉄道JR西日本から購入した455系1両+413系のクモハ・モハユニット2両の3両編成により土日を中心に運転される快速列車~急行列車の前面に取り付けられている愛称板に「赤倉」が掲出されていました。

    3両のうちクハ455-701は中間付随車のサハ455-1から先頭車化改造と車内の近郊型化改造が行われた車両ですが、種車の車体をそのまま流用したため外観だけは急行型の面影を残しています。

    トキ鉄の前身である信越本線を走っていた急行列車の愛称である「妙高」「赤倉」等を掲出して走らせてくださる鉄道会社の演出は嬉しいサービスではあるものの、165系や169系といった直流急行型車両により運転されていた列車名と北陸地区タイプの愛称板に違和感を感じるのも正直な感想です。

    とは言ってもクハ455以外の413系ユニット2両も急行型車両を新製した近郊型車両に載せ替えた元急行型車両。復刻された国鉄交直両用急行型車両の標準色の列車をつい撮りたくなってしまうのです。


今日は五山送り火


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