その11(№5900.)から続く

我が国におけるホームドアの歴史を概観してきた当連載も、今回で最終回。
今回は、今後のホームドア整備はいかにあるべきか、ホーム上の安全確保システムをいかに構築すべきかについて考えてみたいと思います。

そのためには、まずはホームドアの得失をおさらいしておきましょう。

【メリット】
① 転落事故や触車事故を防止でき、ホーム上の乗客の安全が確保される。
② ①のみならずホーム上からの物の転落も防止でき、列車の定時運行に寄与する。
③ ホーム上の快適性が向上する。
【デメリット】
① 設置費用が高額(1駅あたり数億円)。
② ①を克服するためにはシステムの簡易化(スマートホームドアや昇降式などの採用)が有効だが、そうするとホーム上の安全確保の機能は低下せざるを得ない。
③ 列車を正確に停止させるシステム(ATO、TASCなど)の構築が不可避で、これがないと運転士の負担が過大になる。
④ 扉位置の異なる車両が混在する路線での対応が困難。
⑤ 停車時間が伸びるため列車の所要時間が伸び、当該路線の所要編成数が増加する。
⑥ 非常時の対応、特に列車からの乗客の避難に問題がある。
⑦ ホームドアの存在そのものがダイヤ乱れの要因になる場合がある(設備の不具合の発生など)。

現在、ホームドアの設置は「交通バリアフリー法」により、新規開業路線には原則として設置が義務付けられ、既存路線においても乗降客数1日当たり10万人以上の駅には設置が努力目標とされています。これはまさに、乗客の多い駅でのホーム上の安全確保の必要に着目したものです。
他方で、ホームドア設置のデメリットも無視できません。一番の問題は①の設置費用の問題ですが、これは安全性確保の度合いとトレードオフの関係にあることから、鉄道事業者が両者を天秤にかけて決定することになります。この限りにおいて、②のデメリットは鉄道事業者がある程度受け入れているともいえます。③については、ホームドアの開口部を大きくとることで停止位置を厳密に要求せず、運転士の負担を軽減することも考慮されています。
そうなると、普及に対して現実的な障害、「アゲンスト」の要因となるのは④ないし⑥でしょう。④のデメリットを克服するものが「昇降式」あるいは「沈降式」ですが、これらにも限界があり、特に沈降式はホーム下部に筐体を設置する必要があり、その重量の負担が問題となるばかりか、そもそも技術的に開発途上にあるという根本的な問題もあります。これに対し、「昇降式」は設置費用がハーフハイトタイプのホームゲートよりも安いことから、乗降客の少ない駅については有効な選択肢でしょう(実際に外国では、乗降客の少ない駅に導入している例がある)。
デメリットの⑤は東京メトロ銀座線に実例があり、01系の時代には38本の編成数だったものが、1000系では40本と、2本増加しています。これはホームドア設置により、運転時間が増加することから所要編成数が増えた結果ですが、ホームドアを整備するとなると、こちらの設備投資も必要となります。
最後の⑥は京王線刺傷事件で顕著になったものですが、ハーフハイトタイプのホームゲートの場合、車両の窓からの脱出を可能にするか、韓国の地下鉄のように車両側から手動でホームドアを開けられるようにすることが必要と思われます。

となると。
乗降客数1日当たり10万人を超える駅にはホームドア(ホームゲート)を設置すべきことになるとして、それ以下の駅の場合には、通過列車の有無によって分けるべきでしょう。
通過列車がある場合は、昇降式ホームドアを設置し、通過列車がない場合(全列車各駅停車で運転される路線の場合)には東急多摩川線・池上線や名鉄三河線のような、センサー付きホーム柵を設置することになると思われます。先ごろ阪急が自社路線の全駅にホームドア又はホーム柵を設置することをアナウンスし、必ずしも可動式とは限らないとしていますが、これはまさに、路線の実情に応じて設置を行うということなのでしょう。全列車各駅停車で運転される路線(嵐山線・伊丹線など)には、センサー付きホーム柵が設置されることになると思われます。

以上は設置の基準ですが、デメリット④を克服するものとして、現在建設が進められている「うめきた新駅」(開業後は大阪駅の一部となる)に設置されるホームドアが注目されます。これは、フルハイトタイプのホームドアを発展させ、異なる扉位置の車両に対応できるもので、戸袋部が動くもののようです。ということは、以前に取り上げた「戸袋移動型ホーム柵」をフルハイトタイプに改変したものでしょう。この方式のホームドアは、以前西武新宿線新所沢駅に試験的に設置されたことがありますが、このときは装置の不具合が多発し、あまり良好とはいえない結果に終わってしまいました。恐らくは戸袋部の移動に難があったためと思われますが、「うめきた新駅」のそれが、吊り下げ型でホーム下部に移動用のレールがないのであれば、新所沢駅で起きたような不具合は発生しないと思われ、その点で良好な結果が期待できます。この方式は近鉄奈良線や阪神本線のような路線に有効と思われますが、問題は設置費用。「うめきた新駅」は地下駅で、これから建設・開業する駅であり、それ故に筐体の構造及び重量を見込んで建設されたもので全く無問題なのですが、既存の駅の場合、フルハイトタイプとなればそれだけ筐体の高さや重量も増し、設置費用も高額になるため、設置には困難が伴うものと思われます。恐らく近鉄は、そのようなことを考慮して「沈降式ホームドア」の研究を進めているのでしょうが、これもどのように実用化されるのか、設置コストがどのくらいになるのかは今のところ未知数です。

それよりもさらに根本的な問題と思われるのが、ホームドアの設置自体がダイヤ乱れの要因となり得ることです(⑦)。転落事故を防止し定時運行を確保するためのホームドアのシステムが、逆に列車の遅延、ひいてはダイヤ乱れの要因となり得るという、何とも皮肉な結果ともなり得ます。にもかかわらず、一部の鉄道事業者がホームドア設置に躍起になるのは、有体に言えば「訴訟リスクの回避」、つまり転落・触車事故の被害者又はその遺族からの訴訟提起のリスクの軽減という要因もあるのではないかと思います。この辺りは問題点の指摘にとどめます。

今後のホームドアは、乗降客の多い駅や通過列車の多い駅に優先的に整備されるものと思われます。そして設置コストの軽減も。これはホーム構造物の補強にかかる費用が多額になるということですが、国交省でも補助金を拠出して後押しするとのこと。そして形態としては、ハーフハイトタイプと昇降式が二大潮流になるように思います。後者は何といっても、異なる扉位置の車両に対応できるのは大きなメリットです。

「今後のホームドア整備はいかにあるべきか、ホーム上の安全確保システムをいかに構築すべきか」などと大上段に構えながら、あまり締まらない結論となってしまいましたが、そのあたりは管理人の頭脳の限界ということでご容赦ください。
これで「ホームドア千夜一夜」は終わりです。次回にも何かテーマを考えておりますので、どうぞお楽しみに。

-完-