キハ85系初乗車の思い出 | たっちゃんの鉄楽切り抜き帳

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 昨日あたりから何故か、当ブログの過去記事「初代・快速マリンライナー」へのアクセスが増えている。一体どうした?と思っていたら、どうやらリバイバル列車が運転されるらしい。「海の日」のネタならこれ幸いとフォロー記事を書こうと思ったのだが、残念ながら今日は「山の日」だ。そこでそれらしいネタを。
 時の流れは速いもので、JR発足後に登場した特急車両が次々と世代交代を始めている。有数の山岳路線である高山本線を走るJR東海のキハ85系もその一つ。そこでデビュー間もない頃、早々に初乗りに出かけた思い出話を書かせていただく。
 キハ85系の営業運転開始は1989年。それまでキハ82系で運転されていた特急「ひだ」の一往復を置き換える形でのデビューだった。
 車窓が魅力的な高山本線。どうせ乗るなら、前面展望が楽しめる席を確保したいもの。しかし、当時のダイヤでは高山方の先頭車は自由席だったから、早めに並ぶしかない。そこで30分ほど前に行ったのだが、既に先客がいて座れたのは二列目だった。しかもこの日の編成は、貫通タイプのキハ85-100番台が先頭車だったのがちょっと残念。
 聞きなれたDMH17とはまるで違う重厚なエンジン音を轟かせて発車、加速も次元が異なるレベルでパワーの違いを実感。ディーゼル車特有の臭いがなければ、電車と変わらぬ乗り心地だった。
 キハ85系に採用されたエンジンのメーカーはカミンズ・ディーゼル社。イギリス製と紹介されるので、たまに勘違いしている人がいるけど、カミンズ社はアメリカの会社で、同社のイギリス工場で生産されたエンジンを使っている。
 最高速度120キロ運転が可能なキハ85系、名古屋駅から岐阜駅までの東海道本線は、その性能を発揮するのに適した路線だが、軽く足慣らしといった感じで流して走る。そう、スジそのものはキハ82系時代そのままなのだ。
 岐阜駅でスイッチバックして高山本線に入る。美濃太田駅あたりまでは住宅地が広がるが、列車は次第に山間部へと進む。上り勾配にかかると途端に速度が落ちるのが従来のDMH17エンジン車だが、キハ85系は力強くグングン登っていく。
 前述の通り、スジは変わっていないのでフルパワーで走ると早着になってしまう。そのためか、景色の良いところでは徐行で走り、ゆっくりと車窓を見せてくれた。それでもエンジンを噴かすとアッという間に定時運転に戻った。
 下呂駅で最前列が空いたので移動。終点の高山駅までの展望を楽しんだ。貫通タイプでもまあまあの眺めだった。



 以前にも書いたが、この頃のダイヤでは富山駅まで直通する特急「ひだ」はなく、名鉄から乗り入れてくる特急「北アルプス」が唯一の列車だった。キハ82系の老朽化が酷く、富山駅までのロングラン運用には耐えられないという判断があったと聞いたことがある。
 そこで高山駅到着後、古い町並みの観光で時間を潰して、追いかけてくるキハ8200系を待ち受けた。富山駅まで乗った後は、トロッコ列車そしてアルペンルートとお決まりのコースを楽しんだのだった。